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アテナ映像

週刊代々木忠

福島へ(前編)
  前回紹介した孫正義氏「自然エネルギー財団」創設の話は、その後、テレビでも新聞でもいっこうに見かけない。それなりに気にしてチェックしているつもりだが、たまたま僕が見逃しただけなのか。あるいは、東電からは広告費として年間何百億ものカネがテレビ局に行っているそうだから、クライアントのご機嫌を損ねてまで「脱原発」の旗は振れないということだろうか。

 そんな状況だったから、福島第一原発から16キロの所に自宅があり、今も避難所暮らしを強いられている40代後半の女性と話したとき、当たり前の生活もままならない彼女が、孫さんの「自然エネルギー財団」の話をよく知っているのには驚いた。彼女は常磐線いわき駅前にある飲み屋を一人で切り盛りしている。その日はゴールデンウィークの第1日目にあたったが、駅前の繁華街でも人通りはまばらだ。

 僕は彼女に「避難所では、そういう話が頻繁に交わされているんですか」と訊いてみた。すると「原発関係に限らず、いろいろ情報は早いですよ。何かあればケータイやメールで友人たちからすぐに入りますから」と言う。やはり、今や政府発表のワンウェイ情報を鵜のみにするような時代ではないのだ。たとえ避難所生活であっても、自分たちに有用な情報であれば、だれもが受信者と同時に送信者になりうる。

 つづけて彼女から話を聞いてみると、ご主人は今回の震災で精神的にかなり参ってしまっているようだった。それ以上は訊かなかったが、おそらくまだ仕事ができる状態ではないのだろう。東京で大学に通っている娘さんのためにも、自分がいつまでも落ち込んではいられないと彼女は思ったのだ。「女はいったん肝がすわると強いね。その点、男は……。だから『男らしく』って育てられるんだろうね」。彼女は一瞬考え、すぐに思い当たったように「ああ、そうですよね」と笑った。

 震災が起きたときから一度現地を訪ねたいと思っていたが、この連休でやっと福島県に行くことができたのだ。福島では、被災された住民の方、ボランティアをしている人、そして原発で事故処理にあたっている東電の下請けの人たちから話が聞けたら、というのが行く前の希望だった。

 といっても、僕はジャーナリストではないし、取材した話をテレビや新聞で発表するというわけでもない。これまでこのブログにも書いてきたが、今の僕たちに本当に必要なものは“つながり感”だとずっと思っていた。恋愛も性も、相手とつながるための重要な手立てなのだ。

 昨年、宮台真司氏とある雑誌で対談したとき、僕は彼にこんなことを言った。「恋愛できない若者たちが増えているけれど、どうしたら彼らが恋愛できるようになるかをずっと考えていたんです。韓国には徴兵制度が、タイには仏門入門があるように、日本も高校なり大学を卒業したら1年か2年、ボランティアを全員に義務づけたらいいんじゃないかと思うんですよ。体を使ったボランティアを通して『与えるがゆえに与えられる』を実感として自分のものにしてゆく。そのような意識階梯を獲得し、人間力を高めることで、本当の恋愛があちこちで起こるはずです。ボランティアの義務化が国民に定着すれば、人々が失いかけている“つながり感”はきっとよみがえる」と。

 たとえば、この“つながり感”とボランティアという2つだけを例にとっても、震災の前と後で、世の中は大きく変わろうとしている。いや、ある部分では完全に変わってしまったように僕には感じる。僕などが言わなくても、みんながつながろうとしているし、自らの意思でボランティアに出かけていった人たちの数たるや膨大だ。「岐路」という話で書いたように、それらの大きな変化はすべていいことばかりではなく、気をつけなくてはならない点もある。だが、いずれにしてもそのような内的変化の震源地を、僕は自分の目で確認しておきたいと思ったのだった。

 くだんの飲み屋は、ママの人柄ゆえか、閑散とした目抜き通りとは対照的に混み合っていた。「あちらのお客さんは、きょうボランティアのために郡山市からいらしたんですよ」とママが言う。20歳前後の若者だった。「東京から来たんですけど、ちょっとボランティアの話、聞かせてもらっていいですか」とカウンターの席から小上がりにいる彼に声をかけてみた。

 ボランティアはきょうが初体験だと言う。体のあちこちが痛いと言いつつ、彼の充実感というか昂揚感がこちらにまで伝わってくる。いわき市でボランティアをするには何時にどこに行けばいいのかを彼から教えてもらう。「明日、あなたを一日カメラで追いかけてもいいかな」と訊くと「いや、オレなんか、いいですよ」と言ったあと、「あ、そうだ、オジサンも一度ボランティアしてみるといいよ。人生変わるから」とアドバイスをくれた。

 僕は翌朝、彼が教えてくれた時間よりも少し早めに、ボランティアの受付場所まで行ってみようと思った。ただしカメラを持って。

(つづく)


*福島で撮った映像は次回掲載する予定です。
2011年05月13日