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アテナ映像

週刊代々木忠

見えない世界への憧憬
  僕が〈見えない世界〉に興味を持つようになったのは、おそらく母の死がきっかけだ。僕がまだ3歳のときで、その後、母方の親戚にあずけられるのだが、母の死も親戚の家での生活も、鮮明な記憶は残っていない。記憶が幾分はっきりしてくるのは、親戚を転々としたあと、父方の祖父母の家に引き取られてからである。

 5歳か6歳になった僕に、まわりの大人たちは、よくこんなことを言った。「お母さんはお星さまになったんだよ」「今でもおまえのことを見守っているからね」。幼い僕は、言われたことを自分なりに想像してみる。お母さんは、いったいどうなったんだろう?

 そのとき考えていたことを、今の言葉で再現すればこんな感じだろうか。

 お母さんは空の星になったと言うけれど、「宇宙には終わりがない」とだれかが言っていた。じゃあ、宇宙の端っこはどうなっているんだろう? 宇宙がここまでしかないとしたら、その向こう側には何があるのか?

 今も見守っていると言うけれど、僕にはお母さんの姿が見えない。声も聞こえない。では、僕が死んだらどうなるんだろう? きっとお母さんと同じように、この世界から僕はいなくなる。そして、なにもない世界(闇の世界)に行ってしまう。僕のいない世界がこれからもずっと続くとしたら、僕のいる闇の世界も同じだけ続く。でも、なにか言っても、僕の声はだれにも届かない……。そう思うと、たまらなく怖くなった。

 怖くなったのだが、それでも知りたいのである。宇宙の果ても、死後の世界も。見えないからこそ、見てみたいのだ。

 だが〈見えない世界〉への関心は、そのあと影をひそめる。生きるのに手一杯で、とてもそれどころではなかったのだ。ふたたびその関心が首をもたげるのは、40年以上の歳月が過ぎてからだ。

 その日、僕は赤坂のスタジオで編集した作品に音楽を入れる作業をしていた。途中、修正に時間がかかると言うので、「じゃあ、ちょっと外の空気を吸ってくるよ」とスタジオを抜け出し、ぶらっと本屋に立ち寄った。とりわけ買いたい本があったわけではない。本屋の棚には背を見せる形で本がタテに置かれているが、だれかが無造作に戻したのか、1冊だけ上の隙間にヨコに差し込んであった。

 何気なく抜き取ってみると、それが『BASHAR(バシャール)』だった。そこには、今までふれたことのない世界が書かれていた。ニューエイジのバイブルと呼ばれた本なので読んだ方もいると思うが、バシャールと名のる宇宙意識がダリル・アンカという男に入り、彼の言語中枢を使って地球人にメッセージを送る。そのメッセージが和訳された本だった。

 たとえば「地球人は戦争をやっているけれど、相手を傷つけるというのは自分を傷つけるということですよ」とか。また、メッセージには「ワクワク」という言葉が頻繁に出てきた。「○○するのに、あなたはワクワクしてますか?」というふうに。これは「自分が本当にやりたくてやってるの?」という意味だろう。それまで「ああすべき、こうすべき」という教育やしつけが世の中にあふれていたから、「宇宙意識って言われてもなぁ……」と思いつつ、同時にとても新鮮な感じがした。

 関野あやこさんという人が新宿の安田生命ビルでチャネリングのセッションをやっているというので、毎回それを聞きに行っていた。ダリル・アンカに入ったバシャールが関野さんの中にも入り、メッセージを語るのである。

 当時、撮影現場でその話をしたら、いつもはいちばん冷めているカメラマンの倉ちゃん(倉本和人)が真剣に耳を傾けていたのを覚えている。その後、彼も関野さんのセッションに通うようになり、さらにはバリ島のパワースポットやアメリカのインディアン居留地へのツアーにも積極的に出かけていった。そしてある日、突然、倉ちゃんは絵を描きはじめる。「え? 倉ちゃんが絵を描いたの!?」と僕は心底驚いた。彼が描くのは、宇宙をモチーフにした神秘的な絵ばかりだった。まるで他の意識が入ってきて、彼の体を使って描かせたような……。

 それから数年後、一人の友人から女性のチャネラーを紹介された。彼女はずっとアメリカに渡っていたのだが、帰国後はチャネラーとしてやっていくつもりで、ついては「チュウさんは催眠もやっているから、チャネリングのサポートをしてくれないか」と言うのである。チャネリングでは、宇宙意識に自分を明け渡さないといけないので、サポート役が必要になる。

 こうして約2年にわたり、僕の時間が空いているときには、女性チャネラーのリズをトランス状態にし、サラージという宇宙意識が彼女の体を使って送ってくるメッセージを僕は目の当たりにしたのだった。

 僕が最初「宇宙意識って言われてもなぁ……」と思ったのと同様に、多くの人は「チャネリングなんて自作自演で、そんなことを平気でしゃべる人間はどっかおかしい」と思っているかもしれない。たしかに僕がこれまで出会ったチャネラーのなかには、これはニセモノだろうなぁと思う人も一人や二人ではなかった。

 でも、ある程度の時間をともにすれば、僕は目の前の人間が「演技してるのかどうか」くらいは見破れるのではないかと思っている。関野さんにしても、リズにしても、そのメッセージは理にかなっているというか、説得力があった。宇宙意識の存在は科学的に証明されていないけれど、ならば「いない」ということにもならないだろうと僕は思う。

 かつてある女性霊能者と話をしていたとき、守護霊の話になった。彼女によれば僕についている守護霊は、およそ1000年前に生きた、小野と名のる女性の霊だと言う(僕はその後、彼女のことを「小野姫」と呼んだ)。そのとき、霊能者は小野姫の言葉として、こんなことを告げた。「我はまわりを蹴散らしたにもかかわらず、この凡夫(ぼんぷ)は我を見ようともせず……」。これは僕が不良をしているときに起こした抗争事件のことを言っている。ストリップの興行は全国各地を回るのだが、行く先々で地元のヤクザと揉めることも少なくなかった。九死に一生を得る体験も何度かしたのだけれど、守護霊は「私が助けてあげたのにも気づかず、懲りないおまえは……」と言っているのである。

 ところが、このとき小野姫は、僕が20年以上前に起こした抗争事件の地名をひとつひとつあげたのだった。そんな資料は残っていないし、僕自身でさえ何カ所かは忘れているような場所を、その女性霊能者が知っているはずもない。ならば、なぜそれをひとつ残らず言い当てられたのか……。

 それから僕は「人間、死んだらそれでお終い」というのは違うんじゃないかと思いはじめた。僕たちは〈見える世界〉の住人だが、〈見えない世界〉があると思ったほうが、きっと生きるのが少しだけラクになる。
2011年10月28日