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週刊代々木忠

オクターヴの法則
  今回は「7」についての話である。G.I.グルジェフの思想に「7の法則」というのがある。別名「オクターヴの法則」とも言われる。

 「オクターヴ」といえば「ドレミファソラシド」。2度出てくる「ド」まで含めれば8つあるが、種類としては「ド」から「シ」までの7つ(全音階)。これを使って、グルジェフは「7の法則」を説明している。

 よく目にするピアノの鍵盤は、白(白鍵)と黒(黒鍵)からできている。白鍵の「ドレミファソラシド」の上に黒鍵があるが、「ミ」と「ファ」、そして「シ」と「ド」の間には黒鍵がない。なぜ黒鍵がないかは、音楽をしている人には自明だろうが、たとえば「ド」と「レ」の差は全音なので、「ド」より半音だけ高い黒鍵が必要になる。ところが「ミ」と「ファ」、「シ」と「ド」の間にはもともと半音しか差がない。だから半音の黒鍵が必要ないというわけだ。つまり「ドレミファ」の音階は「全全半全全全半」であり、均一にはなっていない。

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  P.D.ウスペンスキー著『奇蹟を求めて』(浅井雅志訳、平河出版社刊)の中で、グルジェフは、宇宙のあらゆるものは振動から成り立っているが、「ミ」から「ファ」、そして「シ」から「ド」に移る段階で、それまでは「全」であった振動が「半」になるため、減速を余儀なくされると言っている。「ド」から始まった進路は、「ミ」と「ファ」の間、「シ」と「ド」の間で、振動の減速により、元の進路からの脱線が起こり、否応なく方向を変えられてしまうと言うのだ。イメージとしては次の図のような感じである。

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 たとえば僕たちが何か新たな目標を立て、それに向かって邁進しているつもりでも、最初にあった気力や志は、知らないうちに薄れて弱まってしまい、気がつけば、最初に立てた目標とはまったく違う方向に向かっているなどということがある。グルジェフに言わせれば、それは「オクターヴの法則」に僕たちが支配されているから、ということになる。

 でも、だとすれば、僕たちは何をやってもうまくいかない、自分の立てた目標が達成する日など永遠にやってこない、ということになってしまう。では、どうすればいいのだろうか?

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 上の図は前回のエニアグラムに、オクターヴの法則を書き込んでみたものだ。青で書いたオクターヴ(身体のオクターヴという)の「ド」から始まり「レ」「ミ」と来て、次の「3」の場所が空白である。ここで進路変更(減速)が起こるため、そのまま「ファ」には進めない。

 しかし、ピンクで書いた次のオクターヴ(感情のオクターヴ)の「ド」が介入することによって、「ミ」は「ファ」へ進んでいける。ただし、感情のオクターヴにも同様に「ミ」と「ファ」の間に空白「6」が訪れる。ここは赤で書いた次のオクターヴ(知性のオクターヴ)の「ド」が介入することにより、「ファ」へ移行できるというわけである。

 つまり、1つのオクターヴは、単独では「ファ」に上がることはできず、単独で働くかぎり停滞し、放置しておくと退行を開始する。これが現在、先進国といわれる多くの人間社会で起きていることだと僕は思う。

 『奇蹟を求めて』の中で、グルジェフは人間が生きていくためには、「食物」「空気」「印象」の3つが必要不可欠だと言う。そして「水も食物もとらずに人は数日間は生きられる」「呼吸をとめて数分間は生きていける」「しかし印象なしでは人間は一瞬たりとも生きていることはできない」と言うのである。

 「食物」や「空気」はいいとして、グルジェフの言う「印象」とは何なのか。「音の形をとるか視覚の形をとるか、あるいは匂いという形をとるかはともかく、我々はあらゆる外的印象を受けとるたびに外部から一定量のエネルギー、一定数の振動を受けとっている」と同書の中でグルジェフは言っている。

 身体のオクターヴにおいては食物摂取が、感情のオクターヴにおいては呼吸リズムが、そして知性のオクターヴにおいては印象運動が重要になる。

 また、上のエニアグラムを3次元的にとらえれば、1つのオクターヴの中でなんとか問題を打開しようともがく姿は、ヨコ軸での方法論にすぎないように思える。それに対して、第2、第3のオクターヴとはタテ軸の変化だと僕は思うのだ。

 タテ軸を知るには、エニアグラムの知性のオクターヴ「ミ」のところで起きる思考の限界での「手放しの受容」というものが必要になってくる。それがタテ軸の意識階梯へのパスポートとなるのである。なぜならば、知性のオクターヴそれ自体は、それ以上前に進む可能性を一点も持っていないからだ。このタテ軸の発想については、今後あらためて記すことになると思うので、今回はちょっと予告編である。

2009年04月03日