年齢認証

あなたは18歳以上ですか?

ここから先は、アダルト商品を扱うアダルトサイトとなります。
18歳未満の方のアクセスは固くお断りします。

閉じる

アテナ映像

週刊代々木忠

人は変われるのか?
  来年1月リリースの「ザ・面接1994」の中の1コマである。その日、面接にやってきた女の子は2人。ツアーコンダクターの松田ゆき(23歳)と学生の川村美樹(20歳)。

 最初に、ツアーコンダクターのゆきが男優3人から襲われる。ゆきはレスポンスがとてもいい。関西人特有の感情むき出しで、「ちょっとやめてよ!」「こんなん聞いてへん!」「こんなんオカシイんちゃう!」と全身全霊で抵抗し、ときには泣き叫ぶ。本能に根づいた感情がその瞬間瞬間、素直に反応している。

 一方、学生の美樹のほうは、同じようなことをされてもずいぶん違った。体では抵抗しているものの、ほとんど無言のままだ。結局、彼女は何者とも向き合っていないのだと思った。襲われても、もうひとりの自分がそれを見ているみたいで、当の本人は中に閉じこもったまま出てこない。要は"参加"していないのだ。2人とも「一度犯されてみたい」というのが出演動機だったが、美樹はまるで今起きてることが通り過ぎるのを待っているかのようだ。

 2人のレイプシーンを撮り終えたあと、僕は美樹に訊いた。「うちのプロデューサーに『犯されたい』って言ったんだよね。なんで?」。「前に(実際に)犯されそうになって、そのときは必死になって逃げたんだけど、あのままやっちゃってたら、どうなっちゃってたかなと思って……」と言う。

 続けて「やってみて、今どうですか?」と訊くと、「ひと皮むけた感じが……。今までの自分とは少し変わるんじゃないかなと思います」。「変わりたかった?」には「はい」。「どう変わりたかったんだろう?」「自分の追求したいものを、前向きに、追求していけるような、人間になりたいと思います。自分を偽らないように、なれたらいいなと思います。みんなハメを外したいと思っているのに、やってないんだと思うんですけど……」。

 いかにも借り物の言葉が並ぶ。しかも彼女は話すとき、所々で間(ま)があく。あたかも頭の中に蓄積した言葉を、そのつど探しながら答えているみたいだ。今までやったことと言ったことの辻褄(つじつま)を合せながらしゃべっているかのように……。

 ここまで黙って聞いていた市原克也が堪(たま)りかねて口を開く。「そんなに深刻なものじゃないんだけどね。たまたまここに来て、オメコしただけなんだからね。自分も壊れないし、ハメも外れないよ、こんなことぐらいで。こんなことで人生変わると思ったら大間違いだぞ、オマエ! 明日になったら昨日と変わらぬオマエがいるんだから……ふざけるなっちゅうのよ! こんなことでハメが外れるか、バカタレ!」

 市原の言葉どおり、美樹は何も変わっていない。そもそも感情というものが見えてこない。ならば感情的にさせようと僕は思った。このまま帰すわけにはいかない。美樹の手足をロープで拘束し、目かくしをして、ロウソクをかけた。「痛い」とか「怖い」とか「熱い」が、彼女を思考モードから引き剥がす。

 だが、そのまま一気に追い込まないで、途中でいったん放置した。そうして同じ部屋にいるもう1人のゆきのほうを攻める。彼女はすでに開いているので、攻められれば攻められるほど、どんどん感じて乱れていく。編集段階でカットしたので放置時間はさほどでもないように見えるが、実際は長いこと放っておいた。その間、美樹の中には「自分のほうに来てほしい」という欲望やヨガりつづけるみきへの嫉妬も湧くことだろう。どちらも強い感情である。

 長い放置のあと、片山邦生が美樹の体にかかって固まったロウを1つずつやさしく剥がしてあげる。今まで放っておかれただけに、何気ないその行為が美樹にはうれしいはずである。2人はキスを交わし、自然な流れでセックスに入っていく。

 終わったあと、美樹は子どものように泣きじゃくった。そして片山と抱き合う。「本人も何がなんだかわかりません」という僕のコメントが入っている。ベッドで抱き合ったそのまま、美樹は「離れたくない」とつぶやく。それは彼女の頭じゃないところから出てきた、この日初めての言葉だった。

 そんな美樹を見て市原が言う。「昼間の段階で『自分が変わった』とか言うたらアカンの。ここまで来な、変わらへんねん、君は。明日からエエことあるかもしれんぞ! もう、すぐ戻るからな、君の性格はな」。

 冒頭でふれたように、この作品は1994年に撮ったものである。18年を経た今、美樹のような子は決して珍しくなくなった。何事にも片足だけ突っ込んで、客観的にそれを眺めている。自分のことでありながら、両足がどっぷりつかることはない。行動をともなった経験よりも思考が優先し、頭の中で処理してしまう。だから、生身の人間が感じられない。

 作品の中で、ゆきがビデオに出た感想を述べたところがある。彼女はこんなことを言う。「あんなふうに自分が反応するとは思いませんでした。もっとゆっくり、なんで私がこれをしたんか、これが結局なんやったんか、わかってくるんやないかなぁと思います」。つまり彼女は「自分がしたことの意味は、のちにわかってくるだろう」と言っているのだ。人間とは本来そういうものじゃないかと僕も思う。あれこれ考える前に、動かなければ見えてこない風景もあるのだから……。
2012年11月09日