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週刊代々木忠

動じない心
  前回のブログで「長息が身につけば、不動心が育つというおまけもついてくる」と書いたが、それを読んだスタッフのひとりから不動心について訊かれた。読んで字のごとく「動じない心」だが、あらためて問われるとなんと答えたものか……。で、僕なりに考えてみた。

 不動心は「よい呼吸」と「よい姿勢」から生まれてくるんじゃないかと。「呼吸」はともかく、なぜ「姿勢」が不動心と関係するのかと不思議に思う人もいるかもしれない。

 「姿勢」は心のありようを反映していると僕は思うのだ。たとえば2つの座り方を例にとってみよう。1つは、椅子に大股を開いて腰かけ、右の腿(もも)あたりに右ひじをのっけてドヤ顔をする。もう1つは、両足を軽く揃えて椅子に腰かけ、背筋を伸ばし、両手を膝に置く。実際に座ってみれば、どちらに不動心が生まれそうなのかはすぐにわかる。

 前者は攻撃的だし、不良がよくとる態度だ。こういう生活を僕は若いときにしていた。いや、不良時代のみならず、思えば幼い頃からずっとよくない姿勢で生きてきた。3歳での母の死。悲しみや寂しさに暮れる者の背筋はなかなか伸びないし、胸も張れない。学校に上がってからの荒れた生活。やるか・やられるかの中で肩ひじ張ったり、袋叩きにあったり……。

 では、姿勢が歪むと、どうなるのか? 歪みによって、関節や神経は圧迫され、筋肉にも余分な負荷がかかる。つまり、本来かからなくてもいいところにストレスがかかっているのだ。肉体のストレス信号に対応しなければいけない分だけ余計なエネルギーを使い、気持ちはおのずと分散してしまう。

 一方、後者の座り方は、人間の骨格に沿ったものである。どこにも無駄な力が入らない。ストレスもかからない。であれば、心もニュートラルな状態でいられる。かりに不測の事態が起こったとしても、全神経をそこに集中させられるはずである。

 「呼吸」については前回書いたので繰り返さないけれど、ひとつ「丹田(たんでん)呼吸」だけ補足しておこう。丹田呼吸とは、腹式呼吸(長息)に「意識」をプラスする。どんな意識かといえば、気を丹田に落としていくという意識である。

 丹田はヘソと恥骨の中間あたりに位置する。「肚(はら)が据(す)わる」というが、この「肚」が丹田だ。腹式呼吸でも吸うときには、ともすれば鼻や肺に意識が向かいがちだが、それをあえて丹田に向ける。気が丹田に落ちていくという思いを作り出すのである。これを続ければ、どっしりとした、動じない気持ちが湧いてくる。

 丹田呼吸をしていると、ひとつ気づくことがある。それは「よい呼吸」は「よい姿勢」でしかできないという事実だ。たとえば、前述の体を右に傾けた不良座りではできないのである。

 今の世の中、なかなか心穏やかには暮らせなくなっている。だが、外側の変化や流れにいちいち心を動かされていては、自分らしい生き方はできなくなってしまうだろう。丹田呼吸に熱中できれば、そのときだけでもこだわりや悩みから解放されていることがわかるはずだ。なぜなら、こだわりや悩みの意識は過去や未来にいるが、呼吸への意識は今にしか存在できないからである。

 さて、ずっとよくない姿勢で生きてきた僕はといえば、8年前から礒谷式(いそがいしき)力学療法の施術を受けに週1回か2回通っている。これは股関節の矯正によって自然治癒力を引き出すというもの。先生いわく、理想的な骨格(関節や筋肉が引力に対していちばん負荷のかからない形)を手に入れれば、心身ともに正常になり、そこには病気も寄りつかない。

 いまだかつて経験したことのない理想的な骨格というものになってみたいと僕は思った。だから今も通いつづけているのだが、長い年月をかけて歪んだ体はそう簡単には戻ってくれない。施術を始めた頃、3年も通えば……と高をくくっていたものの、3年の時点で手にしたのは、自分の体が本当に歪んでいるんだという気づきだった。

 呼吸法のほうも、毎日朝晩欠かせなくなっている。そんな自分が不動心を確立できたのかといえば、きっとまだできてはいないだろう。でも、その芽生えだけはたしかに感じるのである。
2012年11月23日