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アテナ映像

週刊代々木忠

目の見えない愛犬
  飼っているプードルが白内障になった。獣医の診断では、もう両目ともほとんど見えず、わかるのは明るさくらいだろうという。家に来てすでに10年が経つ。名をプーという。

 うつだった頃、プーにはずいぶん助けてもらった。僕が沈んでいても「遊ぼうよ!」みたいな感じで、こっちの体調などおかまいなしにジャレついてくる。オスだから活発で、自分が遊びたいから来ているのだが、かえってそれが僕を和ませる。

 とはいえ、とてもそれどころじゃないときは、プーをじっと抱いていたり、体をくっつけていたりした。その体温にふれていると、なぜか気持ちが安らぎ、つかの間だが、うつの苦しさから解放されることがたびたびあった。

 プーを抱きながら「つらいよ」「苦しいよ」と僕はこっそり弱音を吐いた。女房や娘に言えば、よけいに心配するのは目に見えている。だから犬が、弱音を吐ける相手だったのだ。するとプーは僕の鼻をペロペロと舐めた。「よしよし」と言われている気がした。

 プーの体調に異変が起きたのは1年くらい前だ。元気がないので獣医につれていくと、糖尿病だった。すぐにインスリンを毎朝1ミリずつ注射する生活が始まった。インスリンですっかり元気は取り戻したものの、昨年末に片方の目が白濁しはじめ、もう一方の目もあっと言う間に白くなってしまった。

 それでも僕が帰宅すると、あっちこっちにぶつかりながら駆けてきて、「遊ぼうよ!」と催促する。犬は遊びが大好きだ。無鉄砲といえば無鉄砲だが、頭をなでてやれば、うれしそうに鼻を鳴らしながら、もう僕の手を甘噛みしている。家の中の配置はすでに頭に入っているようで、自分の寝床や水飲み場に行くのも不自由はない。

 だが、白内障になる前はあんなに外に出たがっていたのに、庭に下ろしてやっても前足をつっぱって動こうとしない。家の中の配置はわかっているが、外は感覚的に怖いのだろう。

 家にはもう1匹、トイプードルがいる。こちらは飼ってまだ3年。メロディーという。ソファにいるとき、僕の胸のあたりがプーの定位置だった。メロディーがソファに上がろうとすると、プーは「ウーッ」と唸って威嚇(いかく)した。メロディーは仕方なく僕の足のあたりに身を置いた。

 けれども、目が見えなくなってから、2匹の力関係に変化が生じる。まず、プーが自分だけではソファに飛び乗れないことが多くなった。するとプーの定位置にメロディーが来るようになったのだ。プーに威嚇されても、もうメロディーは動じない。プーは次第に威嚇もしなくなった。

 女房は「かわいそうだから白内障の手術を受けさせる」と言っている。かかりつけの獣医から目が専門の動物病院を紹介してもらったそうである。

 僕もプーに「オレがつらいときに助けてもらったから、おまえの目が見えなくても、ちゃんと面倒みるからね」と話しかけたりする。好きだった外に出られないことや、メロディーとの主導権交代を見れば、たしかに不憫だし、かわいそうに思う。でも一方では、このままでもいいのかもしれないという思いも否定できない。

 犬には表情がある。うれしいとき、悲しいとき、怯えているとき、様子をうかがっているとき……そのひとつひとつが顔に出る。プーは目が見えなくなっても、落ち込んではいない。人間であれば「なんでオレが」と愚痴のひとつも言いたくなるだろうし、「これからどうしよう」と思い悩むに違いない。だが、犬は現実をそのまま受け容れ、過去を悔いたり、未来を憂うことなく、やはりこれまでどおり「遊ぼうよ!」と今をポジティブに生きている。

 そればかりか、目が見えなくなってから、プーとのコミュニケーションがいっそう深まったような気さえするのである。与えれば与えるほど返ってくるということかもしれないが、これまで以上にこちらが気にかけ、話しかけたりスキンシップをとるぶん、向こうも前にも増して甘えてくるようになったのだ。今まではちょっと遠慮があったのかもしれないと思えるくらいに。

 家の中では女房が与党(娘たちが党員)だから、女房が「手術を受ける」と決めれば、僕は反対はしない。だから、プーは手術を受けることになるだろう。そして失った視力を取り戻せるかもしれない。そうなれば、きっと僕は歓ぶに違いないのだけれど。



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2013年03月15日