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アテナ映像

週刊代々木忠

水素論的オーガズムへ
  ふだん、僕たちが生活を営んでいるのは「H48」の意識世界である。「H48」は「通常の思考」の振動密度帯だが、セックスにおいて、男が「相手をイカせよう」と考えていたり、女が「この人、ヘタだわ」と思っていたら、いつまでたっても「H48」からは解放されない。

 「ようこそ催淫(アブナイ)世界へ」で使っている催淫CDは、トランス状態へと導く触媒のようなものだが、CDによって思考が落ちたとき、人は「H48」から解放される。とはいえ、そのあと、オーガズムやチャネリング(H24)を体験するのか、ネガティブな感情(H96)に支配されるのかは、大きな分岐点と言えるだろう。

 前回の話で、涼と紫乃は「H24」を体験し、江里子は「H96」が出てきたことを書いた。では、なぜ、江里子だけが「H96」の状態になってしまったのだろう?

 江里子は手紙にも書いていたように、本やカウンセリングやセミナーに、自分の殻を壊すための救いをずっと求めてきた。そのぶん知識は、僕よりずっと豊富である。

 けれども、彼女にとっては拠り所であるはずの知識が、実は問題なんじゃないかと僕は思っている。彼女のブログを見ると、いろんな人たちの言葉が日々紹介されている。それらは人生の真理の一面をすくい取ったような名言集であり、元気づけられることも確かにあるだろう。でも、その名言集によって、彼女は本当に救われたのだろうか。もし救われたのならば、彼女の自己救済への旅はどうして終わらないのだろう。

 彼女の中には、いろいろな知識によって形成された「強固な自己」が存在しているように僕には見える。しかし同時に、彼女はそれに違和感を覚えている。彼女自身の言葉を借りれば、それが壊したい「殻」なのではないだろうか。

 たとえば、ブログに人の名言を引用するのではなく、自らの喜怒哀楽をそのまま吐露してしまえば、もっと救われるだろうにと思ってしまう。知識が形成する常識や良識という名のフタをしてしまうと、表に出られない喜怒哀楽は無意識の深奥にどんどん溜まっていく。

 それがトランスに入ったとき、思考の錠前が外れて次々に出てくるのである。催淫CDを聴いた江里子が「H96」に行き、ネガティブな感情を吐き出しはじめたとき、僕は「一回、全部出しなさい!」と言った。

 江里子に限らず、多くの人たちは日常、人前で自分の喜怒哀楽をなかなか表に出さない。それは自分の「H48」がしっかり機能しているからだが、会社はもとより家で家族といるときも、本当の感情を飲み込んでしまい、ずっとその状態が続いていることにさえ気がついていないのだ。実はこのとき、喜怒哀楽のエネルギー量に比例して、それを抑え込むエネルギーも同じ量だけ必要になる。なにもしていないのに疲れてしまうという人は、気づかないうちにこのエネルギーを放出しているのである。

 さて、涼や紫乃は、なぜ「H24」に行けたのだろうか? 撮影の合間に彼女たちと話してわかったのは、涼は子どもの頃から男の子みたいに飛び回って遊び、スポーツはなんでも好きだということ。紫乃も、ある年齢からストレッチやエアロビクスを続けてるということ。それと対照的に、江里子は物心ついた頃から体を動かすことをしていない。体を動かすこと、特に有酸素運動は本能動作の基礎をつくるためにとても重要である。なによりも感情を育ててくれる。

 しかも、涼は面構えを見ても、なかなかヤンチャな目をしている。これは幼児期から自分を明け渡す訓練をしてきた者に共通している目だ。僕は子どもの頃、ケンカに明け暮れていた。たったひとりで十数人に囲まれたときには身の安全など風前の灯火だが、途中で降りる思いはつゆほどもなく、前へ前へと出ていってしまう。かと思えば、ボロボロになって家に帰り、当時一緒に暮らしていた婆ちゃんの顔を見た途端、わーっと泣き出してその胸に飛び込んでいく。今にして思えば、どちらも結果的に明け渡しの訓練になったのだろうと思う。

 今の時代は、きっとそうなる前に親が手を差し伸べてしまうのだろう。危険なことをさせない。だから自分を明け渡すという体験もない。そればかりか、本人が求めていないものを「将来のために」ということで強引に詰め込めば、多かれ少なかれ、親の望む子を演じなければならなくなる。すると、ますますホンネは出しにくくなり、素直な感情にフタをする結果となる。

 さて、撮影現場に話を戻すと、江里子に「H96」の感情があふれ出したとき、僕は「全部出しなさい!」とは言ったが、特に何かフォローするでもなく、その後「じゃあ、きょうはこれまで」と言って撮影を終えた。

 撮影2日目、涼と紫乃はそれぞれ男優たちと気持ちのいいセックスを始める。江里子も自分のパートナーである男優のオチンチンをさわったり、「なめてぇ」とは言うのだが、途中で冷め、ネガティブになってしまう。これまでならば、たとえば男優に「目隠しして、後ろから行ってみようか」とか耳打ちするところだが、今回、僕はいっさいそれをしなかった。本人が「エッチな気分になれない」と言えば、「なれないものはしょうがないよね。じゃあ、休憩にしよう」と突っぱねた。

 なかなか「H24」に行けない彼女を、僕は見放してしまったわけではない。自己救済の旅を続ける彼女は、最初の手紙を読ませてもらったときから、依存体質であるのがよくわかった。だから、いろいろな先生の門をたたき、でも自分の求めた答えは得られず、また別のところを訪ねるということを繰り返している。僕に手紙をくれたのも、ひょっとして代々木ならばセックスで救ってくれるかもしれないという思いがあったからだろう。しかし、いいセックスをしようとするなら、自分が欲情するしかないのだ。

 そんな江里子も、ついに男優とのセックスで「大好き」「しあわせ」という言葉が口をついて出た。他力依存だった彼女が、自らの殻を破り、快楽を手にした瞬間である。僕はなにも手を差し伸べなかったけれど、それでもここまで来た彼女は大したものだと思うし、凄いことだと思う。

 彼女のブログにも生じるであろう変化を読みたくて、撮影の数日後、僕はそのページを開いてみた。そこにはこう書かれていた。「大失敗だった」と。やっぱりそっちかと僕は思った。なぜ彼女が「大失敗」と書いたのかは、次回あらためてお伝えしようと思う。

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江里子は「H24」を体験できたのか?


2009年05月01日