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アテナ映像

週刊代々木忠

がんばらなくていいんだよ
  孔孟の教えと老荘の教えは、よく対照的だといわれる。大雑把にくくれば、孔孟は「上昇志向の自己実現タイプ」である。あらかじめ目標を設定し、そのための計画を立て、努力するのがよく似合う。

 明治維新、近代日本の幕開けから、太平洋戦争の敗北を経て高度経済成長を遂げるまで、孔孟の教えは多くの日本人の根底にあったような気がする。だから、とりわけ世の中がイケイケの時代、「知や欲を働かせず、無為自然に生きることを良しとした」老荘の教えは、どこか敗者の論のように見られたりもしてきた。

 アダルトビデオが生まれた80年代初頭、高度経済成長は終わっていたものの、安定成長と呼ばれる右肩上がりの時代はまだ続いていた。そしてバブル景気と相まって、アダルトビデオ業界も産業と呼ばれるまでに成長を遂げていく。僕が好んで老荘思想の本を読みあさっていたのも、AV業界がイケイケの時代である。

 イケイケなのに、なぜ孔孟ではなく老荘だったのか……。ひと言でいえば、もともと努力があんまり好きじゃないからだ。それに加えて、子どもの頃から社会が敷いたレールからはみ出た所でずっと生きてきた。孔孟思想は「社会の中で何をすべきか」といった社会性が色濃い。僕にしてみれば、もともとそこは目指してないのだ。それにひきかえ老荘思想は、社会からあぶれた自分もなんだか肯定された気がして、心地よかったのである。

 現在は先の読めない時代だし、みんないろいろなストレスを溜め込んでいるから、老荘的な生き方にシフトする人も増えてきているだろう。とはいえ、孔孟的な生き方はけっこう深くまで浸透していたりするので、気がつけば目標を設定し、そこに向かって努力してしまうというケースも少なくないようだ。

 目標を設定すると、それを邪魔するものと戦うことになる。邪魔するものが、競争相手や対抗勢力のように自分の外側にある場合もあれば、誘惑との葛藤のように自分の内側にある場合もある。どちらも厄介だが、後者の場合は自分との戦いにエネルギーを費やしていることになる。これでは、何もしないうちに疲れてしまう。

 たとえば「セックスでイッたことがないから、イクためにビデオに出たい」と言う女の子たちがいる。これも僕から見たら孔孟的である。彼女たちに「イコうと思ったらイケないよ」と僕は言う。なぜなら、本来目的であるはずのセックスが、イクための手段になっているからだ。手段とはいわば義務であり、目の前の相手とは向き合ってないから、終わった後に徒労感や疲労感が残る。そうではなくて、セックスが本当に楽しめたときに、気づいたらイッていたということが起こり得る。

 僕は日活時代、ドラマともドキュメントとも呼べないような作品ばかりを撮っていた。当時、関係者からは「こんなもんは映画じゃねえよ!」と毎回クソミソにこき下ろされた。他の監督は大学の芸術学部とか映画学科を出ており、映画研究会にも所属してましたというタイプが多い。こっちは大学にも行ってないし、そもそも映画作りなんて教わったことがない。もしも僕が孔孟思想に共鳴していたら、そこで映画のイロハから勉強を始めたはずである。そして今頃はドラマでも撮っていたんじゃないかと思う。

 ところが、実際には「面白けりゃいいだろ」と、ドラマでもなければドキュメントでもない作品を撮り続けていたのだ。べつに勝算があったわけではない。そのとき、自分が面白いと思うものを撮りたかっただけである。ダメなら、他のことをして食えばいいくらいに思っていた。

 老荘的に生きようとすれば、将来のために今を犠牲にして努力するのではなく、この瞬間を楽しむ。あくまでも楽しむのであって、がんばったりはしない。そうすれば結果はおのずとついてくるし、たとえ失敗したとしても心は折れないのである。





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2014年07月25日