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アテナ映像

週刊代々木忠

「クリでイケる」と「中でイケる」と「オーガズム」
  表題の「クリでイケる」「中でイケる」「オーガズム」という3つだが、「どれもイクんだから同じじゃん!」と思ってる人がいるとしたら、それは大きな間違いである。

 まず最初に、「クリでイケる」子から見ていこう。事前面接でも「中(挿入)ではイケないけど、クリならイケます」と言う女の子はとても多い。

 「本能」「感情」「思考」という3つのオクターブで考えたとき、クリトリスでイクというのは、本能的な快にすぎない。思考オクターヴは社会性をしっかり持っている。その結果、感情オクターヴにはブレーキが掛かっている。

 つまり、本能だけが気持ちよくなっているのだ。だからいくら中を激しいピストン運動で刺激しても、感情が「感性」に変容していないかぎり、
「H24」の悦びは決して得られない。男が単に快楽を得るためだけの射精も、この範囲内(「H48」)である。

 
「H24」での悦びを体験するには、パートナーとの関係性がカギとなる。男も女もオナニーでイク場合、物理的な刺激と思考オクターヴが作り出すイメージや妄想がパートナーだが、セックスでイク場合には、自分と相手の感性同士が共鳴する必要がある。

 「中でイケない」女性のほとんどが、セックスのあいだ目を閉じて、物理的な刺激と思考が作り出すイメージでイコうとしている。これではパートナーの体を借りたオナニーと変わらない。この傾向は、感情が育っていないか、感情を封印している女性に多く見られる。女性を単に性的な刺激やピストン運動でイカせようとしている男の側にも大いに問題はあるだろう。男もまた、感情オクターヴが育っていないのだ。

 では、感情オクターヴを育てるためには、どうすればいいのだろう? まずは、本能を成熟させることが必要である。本能は快と不快によって成長してゆく。不快がいっぱい溜まって、それを解放してあげる。このくり返しによって本能は成熟していく。そして、このプロセスで感情は育ってゆくのだ。ちょうど幼児期、僕たちの依存感情が両親の激励と深い愛情によって感性に成長したように。でも、不運にもそうならなかった人は、これから自分で取り返すしかない。その方法のひとつを次に記そう。

 具体的には、体を動かすといい。汗を流し、苦しみを味わい、それを経て、爽快感や達成感を味わう。そこから、喜びという感情が芽生えてくる。このように、本能動作や本能を使った運動の継続によって、感情オクターヴは育ってゆく。

 感情オクターヴが育ち、「感性」によって相手とつながれば、「中」、つまりセックスでイケるようになる。ただし、このときお互い相手の目を見つめ合っているか否かで違いが生じる。

 相手の目を見ないのは、まだ思考が働いている証左でもあるからだ。「こんないやらしいことをしてるのに、目なんて見られない」というのは、思考から来る恥じらいや照れ臭さである。ところが、見つめ合うセックスでイケるようになれば、思考は「知性」へと変容する。「本性」「感性」「知性」が揃うと、意識階梯は
「H24」に達するのである。この「H24」の視座では、「H48」とはまったく違うものが見えてくるだろう。

 たとえば、思考で暴走族を見たとしよう。きっと取り締まりの方法を考えるに違いない。しかし、これが知性だと、「なぜ彼らはそれをやっているのか?」という視座が生まれてくる。思考がヨコ軸での一元的な処理であるのに対して、知性はその深みをタテ軸で見ることができるからである。

 
「H48」にいるかぎり、「H96」で起きたことは理解できない。「H24」になってはじめて対極の「H96」をのぞくことができるのだ。だが、「H24」においても、さらに深い「H192」まではのぞけない。壮絶な体験が封印された「H192」の意識世界を理解するためには「H12」の意識階梯を獲得する必要がある。

 表題3番目の「オーガズム」とは、この
「H12」を体験することである。ただし、「H24」から「H12」に行くためには、"知性の明け渡し"が起こらなければならない。自らの知性を手放すことによって「H12」の英知とスペースを共有できる。

 もっとも、一回だけオーガズムを体験したのならば、
「H12」の英知が身についたというよりは、ちょっとのぞいたということだろう。でも、たとえ一度でも体験していれば、その後、「H12」の世界に関する本を読んだり、話を聞いた際に、その概念が共鳴する。だから、たとえばグルジェフの水素論でも、オーガズムを体験している女の子は容易に理解できてしまう。

 また、その逆も言える。事前に
「H12」の階梯で何が理解できるかという情報を持ってオーガズムを体験するのと、知らないで体験するのとでは、明らかな違いが生じてくる。オーガズムにおいては、圧倒的な真実性を持った情報が、快感の津波となって内側から突き上げてくる。知性の中にそれらの情報に対応するデータがない場合、全面的な受容は起こらず(知性が「理性」に変容することなく)、その津波に飲み込まれ、結果、失神してしまう。

 以上のことは、文章で読むだけよりも、下に掲載した〈The map Ⅲ〉を参照してもらえれば、いっそうわかりやすいと思う。

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Map-3-2-small.jpg

 〈The map Ⅲ〉を鳥瞰すると、つねに本能オクターヴが引っ張ってくれているのもよくわかる。そして、思考オクターヴはいつも後からついていっている。本能は快を得ようという傾向性そのものだが、それだけが独走してしまうと、手段を選ばなくなるだろう。これでは社会が成立しない。そこで、やはり思考が必要になってくる。それで人間はバランスを取って生きている。

 最後に、
「H12」「H24」を体験した人は、ずっとその意識階梯にとどまっているのではないことを付記しておきたい。これまでのブログでも書いてきたように、僕たちがふだん生活しているのは、あくまでも「H48」の世界である。ただ、高次の意識階梯を体験した人は、「H48」にいても、「H12」「H24」の意識階梯にアクセスできる回路を自らの中に持ったということである。

 そして、前回も書いたが、
「H24」「H96」「H12」「H192」というように、高次に行けばその対極にある世界と向き合わなければならなくなる。いま僕がこういう文章を書いているのも、かつてたまたま深い闇をのぞいてしまったがゆえに、その対極にある世界と向き合うことになったというだけの話である。


2009年06月19日