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アテナ映像

週刊代々木忠

臨死体験
  臨死体験とは、心停止に陥った者が蘇生するまでの間に体験した出来事である。死んでしまった人から話は聞けないけれど、死の淵から戻ってきた人ならば“向こう”の様子が聞けるという意味で、臨死体験は“死後の世界”を知る手がかりになると見られている。

 むろんほとんどの科学者は死後の世界を認めるはずもなく、臨死体験は脳内現象(脳が生み出す幻覚)にすぎないという見解が大勢を占める。

 僕は中学の頃、冬に氷の張った用水プールに飛び込んだ。まわりから煽られての度胸試しみたいなものだが、軽率としか言いようがない。案の定、僕の体には異変が起きた。一瞬頭が痛いなぁと思ったらフーッと視界が狭まり、風景がモノクロになっていくとともに暗くなる。そして意識がなくなった。見ていた友人たちが僕を引っぱり上げ、代わる代わる背負って病院まで走ってくれた。その途中で僕は意識を取り戻した。

 結局、医者には診てもらってないので、はっきりしたことはわからないが、おそらく心臓麻痺を起したのだろう。意識を失うとともに心肺も停止していたかもしれない。だとすれば、友人に背負われ走って運ばれることが心臓マッサージと似たような効果をもたらしたのか……。

 僕のケースが臨死体験にあたるか否かは微妙だが、臨死体験にはいくつかの共通した特徴が見られる。そのひとつに「トンネル体験」がある。これはトンネルのような筒状の中に入ってゆくというものだ。僕の場合も視野が狭まっていったから、とらえ方によってはトンネル体験と言えなくもない。

 立花隆著『臨死体験』(文藝春秋、1994年刊)には、ワシントン州シアトルの小児科医メルヴィン・モース博士へのインタビューで、トンネル体験について博士が語ったこんな記述がある。

 〈「これも神経学的に説明がつくんです。(中略)人が死にかかると、後大脳動脈という後頭葉に血液を供給する血管の血流が減少していきます。すると、後頭葉というのは視覚を受け持っているところですが、その機能がどんどん失われていって、視野が狭くなるという現象が起きます。その結果トンネルの中から外を見る感じになる。これがトンネル体験です」〉

 つまり脳内現象だという話だが、たしかに僕のケースは博士の説明が当てはまる。冷水の中で心臓麻痺を起こして死にかかったとき、僕の後頭葉の血流は減少していったのだろう。

 ところが、臨死体験においてはトンネルの先があるケースのほうが多いのだ。たとえば行く手にまばゆい光が見え、トンネルを抜けるとそこは花たちが自ら光を発しているかのごとく色鮮やかに咲いている世界だったというように……。これは視野が狭窄していく後頭葉の血流減少では説明がつかない。

 このほかにも臨死体験の特徴としては、意識が体から抜け出すのを感じる「体外離脱」がある。たとえば手術中に心停止に陥った患者が体外離脱して、上から手術中の自分を見降ろしていたというケース。視覚も聴覚も断たれていたはずの患者が執刀医や看護師の会話や行動を、蘇生後、細部にわたって正確に語って聞かせたという例はいくつも存在する。

 ほかには「人生回顧(ライフレビュー)」と呼ばれるもの。自分の一生を走馬灯のように見るという体験だ。すでに本人が忘れているビジョンも出てくるという。

 「亡くなった家族との再会」。臨死体験で出会うのは現在生きている人よりも亡くなった人が多く、友人知人よりも家族や親戚など血縁者が圧倒的に多い。たとえば、死んだおばあちゃんから「あんた、まだ早いよ。帰んなさい」と言われたりとか……。もしも脳内現象だとしたら、出会う人もその時点で記憶がいっそう鮮明な、生きている友人や恋人の比率が高まるはずじゃないかという疑問が残る。

 “向こうの世界”にいるときには、心の安らぎや今まで味わったことのないような幸福感を得ることが多い。そして体験の前と後では本人に変化が起こっていることも報告されている。それはいわば “気づき”とでも言うべきもので、いろいろなものを覗いたがゆえに理解してしまったという感じなのだ。実際、臨死体験後は生き方そのものがポジティブに変わったと言う人がたくさんいる。

 臨死体験とは、オーガズムに似ているのである。
(つづく)
2014年11月28日