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アテナ映像

週刊代々木忠

密室での真相
  13歳で髪が抜け落ち、20歳を過ぎてセラピーやカウンセリングを受け、「ピアノを習いに行ったときにすごくイヤな経験をした」と7歳の頃の断片的な記憶がよみがえる。

 彼女は言う。「女性っぽくなってしまうと狙われる、その恐怖から髪の毛をはじめ女性らしくあることを、体も心もきっと拒んできたんでしょうね。だけど、本当は女性らしくなりたかった」。

 ところどころ髪は生えはじめたものの、恋人には、好きだからこそその姿を見せられなかった彼女。「そういう恐怖で20年も後悔して生きてます。女の人として悦べる20代30代の時間を、自分の心の弱さから経験できなかったかと思うと悲しいなぁって……」。

 被害者である彼女は自分を責めている。いったいピアノ教室で何があったのか? これまで催眠療法までやっても、そこに至ると心にブロックがかかるという。「体にタッチするので有名な先生だったらしいんです。たしかにさわられたことはあるんですよ」と彼女は首のあたりを指さす。

 「いや、それくらいのことでは髪が抜けるまでにはならないと思いますよ」と僕は言った。「いつ・どこで・誰に」までわかっている。なのに、なぜカウンセラーたちは核心を明らかにできなかったのだろう。彼女の中で、いちばんの根っこは依然として中和されていないままなのだ。

 彼女の承諾を得て、呼吸法と年齢退行をやってみようかと思った。けれどもそれにつけては僕のほうにも覚悟がいる。少女はその体験を受け入れられずに心奥に閉じ込め、記憶から消した。もしこの体験が中で乖離している場合、呼吸法を試みれば1人の人格として表に出てきてしまうかもしれない。人格の乖離が起これば、この先、僕は彼女をフォローしていかなければならないだろう。今の僕にそれだけの気力と体力があるのか……。

 「成人してからも記憶がないことってあります?」とやんわり乖離の可能性を訊いてみる。「自分がときどきポツンといなくなっちゃうことはありますね」という返事。微妙なところだ。「じゃあ、たとえば『冷蔵庫になんでこんなものが入ってるの?』っていうのは?」「そういうのはないです」。彼女と話すうちに、乖離はしていないだろうと判断した。カウンセリング等で記憶の断片がよみがえったことにより、乖離にまでは至らなかったのだと。

 そこで、まず呼吸法を彼女に試みた。最初は長息。つづいて短息。「首の力をスーッと抜いて。呼吸を止めると閉じ込めるから出しちゃおう。思い切って! がんばれ! そばについてるよ」。とつぜん彼女が泣き出した。溢れてきたのは閉じ込めていた感情だった。僕には何が起きてるのかまではわからないけれど、「だれにも言えなかったんだ」と彼女の心に寄り添った。泣きじゃくりながら、「早くおうち帰りたいのー!」と彼女は何度もくり返した。

 やはり根っこはここにある。呼吸法で確認を終え、真実と向き合う意思を彼女に再び確かめたうえで、7歳のピアノ教室へ年齢退行を行なう。いったい何が起こっているのか、僕は彼女に訊いてゆく。「レースのカーテンが見えて、『脚広げて』って言うから広げてみようかな」「何かさわって『気持ちいい?』って」「『これはお母さんに言っちゃダメだよ』って言ってる」「お股をさわってる」「ズボン脱いで『ここに入れると面白いよ』って言ってる」「『気持ちいいんだよ』って」「早く帰りたいのに『これをやったら早く帰してあげる』って言うから」「先生『入んない』って言ってる」「チョンチョンチョンってやってる」……。

 「それで終わったの?」と訊くと「入ったけど、痛いデカいのじゃない気がする。でも、この中グニョグニョってされた」。「そのとき痛かったの? 気持ちよかったの?」と訊くと「ちょっと気持ちよかった。でも先生が気持ち悪い。1回じゃない。何回もあった」。

 「ひとつ聞いてくれる?」と今度は彼女が僕に問う。「聞くよ」と答えると「私、悪い子だったのかなぁ……」「悪くない! その先生が悪い!」「汚い子なのかなぁ……」「汚い子じゃない!」「でも『汚い子だね』って言われた」「汚い子じゃないよ! その先生が汚いんだよ!」「でも『お股をもうやったおまえは汚い子だ』って言われた」と彼女は泣き出した。「汚くないよ! あなたは何も悪くない!」と僕は彼女に言いつづけた。

 ピアノの先生にやられていて、イヤなんだけれども感じている自分がいるという、そこが統合できない1つの理由のように僕には思えた。だから大人になって本人が性的に感じようとしても、閉じ込められた思いが抵抗する。

 彼女は恋人と別れたあと、別の男と一度だけ酒に酔った勢いでセックスしている。でも、心がつながることはなかった。そして今は性欲が湧いてくると、SMっぽいことがしたくてたまらなくなるという。自分がマゾなんだと自覚すると同時に、そんな自分をどこかで否定していた。

 「SMも自分を癒す作業だというとらえ方でやったらいいんじゃないかと思う」と僕は彼女に伝えた。今の彼女にとってはSMが性において他者とつながる回路になっている。そこに本人が気づいてやるならば、きっとSMから卒業していけることだろう。

 面談が一通り終わって帰る間際、彼女はこんなことを言った。「(自分が悩んできたことは)父親には絶対言えないことじゃないですか……だけど、いちばん父親に聞いてもらいたかったことでもあるんです」。歳が近いのもあり、じつは僕のほうも自分の娘を彼女に重ね合わせていた。そう思うとなおさら、彼女の体験とそれが与えた影響は、あまりにも残酷で、あまりにも切ない。

 どんなに理不尽でつらい過去でも、それと向き合わなければ克服はできない。根っこが見えた彼女は、もう自分で乗り越えていくに違いないと僕は思った。彼女が言っていた「女の人として悦べる時間」は、まだまだこれから先に待っている。





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2015年02月20日