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アテナ映像

週刊代々木忠

いじめの根っこ
  いじめのニュースがあとを絶たない。小学校・中学校の頃、僕もいじめられていたと言ったら意外だろうか。同じ学校に通う上級生や同級生たちからだった。きっかけは僕の家の庭に植えたビワやミカンやイチジクを、隣村に住む連中が盗みに来たことだ。戦後のモノがない時代だから、みんな腹を空かしていた。とはいえ、みすみす盗られるのが悔しくて、僕は石を投げて全力で追い払った。こうして彼らから目をつけられたのだ。

 それ以来、小学校の帰りに待ち伏せされたり、町で偶然会ったりすれば、囲まれて袋叩きにされ、ときには川に投げ込まれたりもした。こっちはいつも1人だが、向こうは複数、多いときには10人以上いた。「おまえら大勢で卑怯じゃないか!」とずっと思っていたものの、いつもやられる一方だから、ついには自分でも自分がわかんないくらい高揚してしまい、「うわーーん!」と泣き喚きながら、手当たりしだい近くにあるものを投げたり、噛みついたりした。その叫び声から、彼らは僕に「消防車」というあだ名をつけた。

 中学に上がっても、この関係は続いた。「このままじゃ、ずっと勝てない」と思った僕は、彼らのうちの誰かが1人でいるときを狙い、ものも言わず後ろからいきなり殴りつけた。1対1だし、なにせ奇襲だから僕が勝つ。それでも最後まで決して手は緩めなかった。相手にとっては体の痛みもさることながら、僕の危なさは恐怖だったはずだ。「今度やったら殺すけの~!」最後に僕はそう言って、相手の反応を見極めた。本当に殺されると思わさなければ、僕はまたやられるのだ。脅しが充分効いていないと判断すれば「冗談と思うちょるんか!」と言って絞めながら一度落とした。そういうふうに1人また1人と潰していくと、たとえ仕返しで囲まれたときでさえ、僕にやられた当の本人は二度と手を出してこないことに気づいた。

 地域一帯を暴力が支配していた時代である。しかし、いじめなどまるで別世界の出来事であるかのように毎日を送っていた同級生たちもいる。いや、彼らのほうがむしろ多数派だったろう。他人の家に生(な)った果物を盗りに来て、それを阻止されたからといって、ことあるごとに寄ってたかっていじめるというのは、やはり彼らの心に闇の部分があったからだと思う。けれども、それは僕も似たようなものだった。エリートだった父は終戦とともに仕事を失い、商売をしてもうまくいかずに荒れていた。父のイライラの矛先は母ではなく、妹や弟でもなく、いつも必ず僕だった。酔って帰ってくると「親に対する態度が悪い」と言って、いや、理由などその場でいくらでも見つけては、足腰が立たなくなるまで殴られ、投げられ、引きずり回して蹴り上げられたりした。子ども心にも理不尽だと思った。だが、柔道有段者の父に対抗する術は、幼い僕には何一つなかったのである。新しい母にも結局馴染めなかった。こうして親の愛情に飢えたまま、僕はねじれて育ったのだった。

 下の折れ線グラフは、厚生労働省が発表している児童虐待件数の推移である。正確にいえば、児童相談所での児童虐待相談の対応件数。つまり、児童相談所に持ち込まれた虐待のみの数であり、明るみに出ていないものはこの中には含まれない。それはともかく、この数だけを見ても、20年前の45.8倍という増え方である。虐待が最も大きな原因だと思うが、それに限らず子どもの中に溜まった負のエネルギーは捌け口を探している。だから残念ながら、これからもいじめは減らないだろうと思う。



 いじめによって子どもが亡くなると、「担任はどう対応していたのか?」「校長は知っていたのか?」といった話になるが、もちろん対応できてなかったから、その子は死んでしまったのだ。担任や校長の責任を問うことも必要ではあるだろうし、学校側を庇うつもりはないけれど、一方でもう彼らに期待しても無理なんじゃないかとも思う。なぜならば、教育の現場がいじめに対応するシステムになっていないからである。では、どうしたらいいのだろうか?

 いじめに対応する専従班を早急に置くべきだろうと僕は思う。それに近いことを実践している学校もあるようだが、教師に務まらなければ外部からでもプロを雇う必要があるだろう。専従班の構成は、理屈で説く人、いじめる側の心の傷をケアできる人、いじめる側が暴れても力じゃかなわないと思える人。それぞれ〈思考〉〈感情〉〈本能〉に働きかけることになる。刑事のアメとムチではないが、「おまえの気持ちも察する」というところを組み込んでいかないと、理屈だけで理解させようとしても、あるいは力でねじ伏せようとしても、いじめはより巧妙に地下へと潜るだけだろう。

 だが、いちばんいいのは、そもそも子どもが心に闇を宿さぬよう、親が育てることだと思うのだけれど……。
2015年07月24日