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アテナ映像

週刊代々木忠

児童虐待
  先週、児童虐待の件数をニュースが取り上げていた。厚生労働省の発表によれば、2008年度に全国の児童相談所が対応した件数が4万2662件という。これは統計を取り始めた18年前と比べ38倍以上になるそうだ。

 なぜAV監督の僕が児童虐待の話をするのか、と思われる人もいるかもしれない。僕は仕事柄、女の子と話をする機会が多い。そのなかで、実は子どもの頃に親から虐待を受けていたと打ち明けてくれる女の子たちがとても多いのである。しかも、その数は年々増えている。

 だから、18年で38倍以上というのも、きっとそうなのだろうと僕は思う。もちろん児童相談所が対応していない虐待は、これ以上あるのだろうから、実際にはこの何倍もの子どもたちが苦しんでいることになる。

 ついこのあいだ僕の作品に出演した女の子も、4歳のときにお父さんにいたずらされ、今は体がペニスの挿入を受け入れなくなっている。その前に出た大学生は「18歳までお父さんにされていた」と言う。どちらも実父である(むろん義父ならいいという話じゃないが)。

 こういう性的虐待も少なくはないが、それよりも圧倒的に多いのは、母親からのネグレクト(育児放棄)や身体的・心理的虐待である。こちらもそのほとんどが実母だ。

 児童虐待が語られるとき、虐待している親自身も、子どもの頃にその親から虐待を受けていたという話がある。そういう負の連鎖は確かにあるように思える。だが、自らが被害者の親ばかりではない。にもかかわらず、やはり親たちはいま迷路の中で呆然と立ち尽くしているように見える。

 僕には娘が二人いるのだが、上のが結婚するとき、ひとつだけ注文をつけた。同居してくれとは言わないが、せめて近くに住んでくれと。娘夫婦は僕の家から歩いていける所に住んだ。そして子どもが生まれた。いま2歳になる僕の孫である。

 そんな娘から、女房にときどき電話がかかってくる。娘から母へのSOS。孫が泣きっぱなしで、何をしても効果がない。手に負えないという。娘はダンナが出かける前に朝の支度もしなくてはならないのに、孫はいっこうに泣きやまないらしい。僕は内心ニヤリとする。

 女房が娘の家に出かけていく。可愛い孫だし、頼りにされて、女房は女房なりにうれしいはずである。ニコニコしながら「どーちたのぉ?」って行くと、その途端に孫は泣きやむらしい。娘は「なにそれ? いままで火がついたように大泣きしてたのに。なんだったの、あれは?」と。もちろん女房のほうが経験豊富というのもある。だが、大きな違いはそこではない。

 こんなこともあった。孫は最近好きなトトロの歌を口ずさむことがあるという。娘が僕たちにそれを聴かせようと「あの歌、歌って」と言うけれど、孫は歌わない。それを見ていて「それは歌わないよ」と思わず僕は言った。「じゃあ、どうすればいいの?」と娘。「まず、おまえが歌わなきゃ。おまえが楽しそうに歌えば、この子も歌うんだよ」と。

 後日、孫が遊びに来ていたとき、仕事に出かける僕が玄関でスニーカーのひもを結んでいると、アンパンマンの歌が聞こえてきた。楽しそうに孫が歌っている。そこには娘の声も重なっていた。

 僕が子育てで娘に言いたかったのも、もしも子どもの笑顔が欲しかったら、おまえが笑顔でいるしかないだろうということだった。いまは核家族化が当たり前の時代なので、子育てでひとり悩む母親は多い。娘のようにSOSが出せる場合はいいが、子どもと膠着状態に陥ることもきっと多いだろう。

 若いときの僕がそうだったが、父親や母親の多くは本能が成熟していないように思える。もともと本能は快を求める傾向性だが、成熟していなければ不快がたまり、よりいっそう快が欲しくなる。つまり、夫婦がお互いに快を求め合い、情を奪い合う。でも、相手も欲しいわけだから、与えられることはない。そんなとき、夫から与えられない情を、母親はつい子どもに求めてしまう。当然、子どもも求めてくるから、そこでまた奪い合いが起きる。全員が
「H96」の意識階梯のとき、虐待は起きるのである。具体的に母親が欲しいのは子どもの笑顔だが、子どもが笑顔になるのとは結局、正反対のことをしてしまうのである。

 この膠着状態に風穴をあけるためには、やはり国レベルで、制度として何か手を打たないことには、なかなか抜本的な解決というのは難しいように思う。親たちはもうイッパイイッパイなのだ。いつ爆発してもおかしくない状況にある。これを家庭の問題と放り出すのではなく、制度として母親が子育てから一定の時間解放されるような、そしてその時間を有効活用できるような、公的サービスを国は提供しなければならない。そんな時代を僕たちは作ったのだから。愛しいわが子を虐待してしまう当人が、本当はいちばん悩み苦しんでいるのである。

 父親や母親が飲み込んでいる感情のブロックを中和する、これが最も重要だと僕はずっと思っている。そのためには、子育てで迷い道に入った母親や父親が気軽に相談できる、癒しの専門家たちをそろえた機関を充実させてほしいと強く思う。僕らの時代は幼い弟や妹のお守りを小さい頃から経験し、体を通して覚えてきた。いまはそういう経験自体ほとんどないだろう。その意味では、いまの人たちは本能系と感情系の基本ができていないと言わざるをえない。ある女性誌には「マニュアル持って生まれてこないかなぁ」という女性の意見まで載るくらいだ。

 余談だが、いま書いてきたような母親を助ける公的サービスや癒しの専門機関の充実は、たとえば"子育て特区"のような特別行政区を創設し、地域一丸となって実現してほしいと僕は切に思う。だから、次の政権にはぜひとも期待したい。それがひいては経済の立て直しにもつながってゆくはずである。親が生き生きとしてくれば、親自身がやる気になってくるばかりでなく、子どもの創造性は必ずや豊かになっていく。子どもたちが自分の人生に希望を抱けないような国に、所詮未来などあるはずがない。

 いずれにしても、虐待を解決するためには、まず親が幸せにならなければならない。そのためには親自身も、好きなスポーツに興じるとか、心が悦ぶセックスで汗を流すとか、つねに本能系と感情系を快の状態に保っておくことが人の親としての絶対条件だと思うのだが、あなたはいかがだろうか? いいセックスをしている人は、決して自分の子を殴ったりはしない。妻に、愛するわが子と母性で接してもらうためにも、夫たちはいいセックスを体得しなければならないと僕は思っている。

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2009年07月24日