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アテナ映像

週刊代々木忠

監督をやめたら……
  先週78歳になった。石岡正人監督が撮った映画「YOYOCHU」の上映以降、雑誌などの取材で「今も現役でいらっしゃるわけですが、だいたい何歳くらいまで撮られる予定ですか?」といった質問を受けるようになった。「80まで撮れたらいいですねぇ」と僕は答えてきた。

 女房も「体の続くかぎりは仕事したほうがいいわよ」と言う。女房は10歳下だが、同級生のなかで仕事を続けている男とリタイアした男の違いを女房なりに感じているようなのだ。

 この歳まで監督をやってこられただけでも、僕は恵まれている。とはいえ、80はやはり区切りであるだろう。その思いは現場を重ねるたびに強くなる。

 ビデオに移ってからも、映画時代から一緒にやってきたカメラマンに10年間撮ってもらっていた。ある雑誌で村西とおる監督と対談したとき、彼が手持ちカメラの面白さを力説したこともあり、1991年の「素人発情地帯」からは僕も自分で撮るようになった。

 たとえば「ザ・面接」で2人の表情と結合部を狙おうとすれば、きわめて限られたアングルになる。だから中腰のままずっと撮りつづけることにもなる。ローアングルのときは、床に腰を下ろしたところから徐々に後ろに反りかえり、肩が着く手前、腹筋を使って上半身をキープしたまま撮りつづけていることもある。

 カメラの液晶モニターを見ながら撮るのなら、ここまで不自然な恰好を強いられなくても済むだろう。モニターを見やすい角度に向ければいいのだから。しかし、ファインダーをのぞきながら撮るスタイルを僕は変えられない。

 人物の内面に迫ろうとすれば、モニターでは心の動きが見えなくなるのだ。ファインダーの場合、のぞいているその世界しか存在しない。それに対してモニターは目に見える風景の一部としてあり、その映像はどこか客観的に見えてしまう。だから自分が感情移入するのも難しくなる。

 たとえ不自然な恰好でも、撮っているときは夢中で気づかないものの、現場が終わりに近づく頃には筋肉も固まり、しゃがんだ姿勢から立ち上がるのも一苦労だ。翌日は一日寝ていたいくらいだし、マッサージに行ってほぐしてもらわないとその後にも差し支える。

 だから、あと2年くらいが限界だと文字どおり身をもって感じるのである。もしこれが監督だけならもっと続けられるのかもしれないが、以前一緒にやってきたカメラマンのように、安心して任せられる人物は残念ながらなかなかいない。

 やめたら何をしようか? 僕のことだから具体的な老後のプランがあるわけではない。ないのだけれど、朝、子どもたちが学校に通う横断歩道の旗ふりでもしようかなと漠然とは思っている。自分の孫にとどまらず、子どもたちと交流を持ちたいなぁと。

 孫を見ていて思うのだが、子どもは社会的な背景がないぶん駆け引きがない。いや、子どもなりの駆け引きはあるのだけれど、その裏にあるのは「甘えたい」とか「やさしくしてほしい」という愛情の希求だ。かと思えば、イヤなことはテコでもしないし、そもそも身勝手である。でも、だからこそ、こちらもダメなことは「ダメ!」と言えてしまう。僕にはそれが心地いい。

 学校という社会のとば口に立てば、子どもといえどストレスを抱えることもあるだろう。朝、旗ふりをしながら、もしも元気のない子がいたら、その子の心に届くような一言が言えたら、どんなにかいいだろうと思う。
2016年03月25日