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アテナ映像

週刊代々木忠

小学生への性の話
  女の子たちの初体験の年齢を集計したことがある。ビデオに出ようと思っている子たちだから、世の中全般よりは総じて早いかもしれないが、次のような結果だった。集計した全体数は3,293人。13、14、15歳で体験する子が1,064人(32.3%)。16、17、18歳で体験する子が1,680人(51.0%)。合わせると2,744人(83.3%)。

 また、オナニーは小学校にあがる前から経験していたという子も少なくない。そこには罪悪感はなく、単に気持ちがよかったから股間を何かに押しつけていたというケースが多い。つまり、オナニーしている自覚はなくても、体が先に快感を覚えていく。

 人が性の入口に立つのはかくも早い。だからこそ、小学校から性の本質を教えていかなければ、私たちの社会が成熟することは決してないと僕は思っている。けれども、制度にかかわる指導者に、それを実行に移す知識や勇気がはたしてあるだろうか。言わせてもらえば、性の本質を理解していない人たちが指導的な立場にいることが真の悲劇にも思えてくる。

 では、小学校から性の本質をいかに教えていけばいいのだろう。現実に僕がその立場に立つことはないけれど、この原稿を書くにあたって、もし自分だったらどう伝えるだろうかとちょっと考えてみた。

 最初はアンデルセンの「みにくいアヒルの子」から入るだろう。〈5羽の中で最後に生まれたアヒルは、兄弟たちと毛色や大きさが違うことからバカにされ、あげくの果てに母親からも見放されてしまう。いろいろな場所をさまよい歩くが、どこに行っても爪はじきにされる。冬を越して白鳥たちが戻ってきた湖にアヒルは入ってゆく。みにくい自分は白鳥たちに殺されるかもしれないが、これほどつらい目に遭うくらいなら、いっそ殺されたほうがマシだと。ところが、白鳥たちはあたたかくアヒルを迎え入れる。そして水面に映る姿を見たとき、アヒルは自分が白鳥であったことに気づく〉。

 みんなはお腹が減れば何か食べたいと思うし、眠くなれば寝たいと思うでしょう。だれかが殴ってくれば戦おうとするだろうし、お母さんはわが子を可愛いと思う。これらはみんな本能という名の兄弟です。本能は生まれつき人間に備わっているんだね。その兄弟の中には性欲というのもあります。

 「何か食べたい」とか「眠い」と人に言うことは恥ずかしくありません。でも、性の話はだれもが恥ずかしいんです。こうして話している僕だって恥ずかしい。なぜ恥ずかしいのかは、あとでお話しします。でもこの「恥ずかしい」が、いつからか「はしたない」「みっともない」「よくない」に変わってしまった。最後に生まれたアヒルの子の毛色は他の兄弟と違っていたでしょう。体もちょっと大きかった。そういう違いを「みにくい」と決めつけてしまったようにね。

 人間には本能のほかにも、思考というのと、感情というのがあります。思考とは考えること。国語でも算数でも、勉強ではこの思考を使う。感情とは「楽しい」とか「悲しい」とか、気持ちのこと。たとえば授業中に眠くなったとします。これ自体はさっき言った本能だね。けれども、授業中に寝てはいけないと考える。これは思考。このように思考は本能を抑える役割がある。とはいっても、眠いのを我慢するのは大人でもけっこうつらい。この「つらい」というのは感情。本能と思考が綱引きを始めたとき、感情は間に立って、今の状況をどう感じるかというのがいわば役割。ということは、本能と思考がケンカばかりしていると、感情はどんどんつらくなっていくかもしれないよね。

 さて、人間は食べないと死んでしまう。寝ないと生きていけない。当たり前の話なんだけど、では、性についてはどうだろう。セックスをしないと人は死んでしまうのか。これは死なない。しかし個人ではなく、人類全体として見たらどうだろう。人間が子どもを生まなくなったら、すぐに人類は絶滅してしまう。いや、今は人工授精という方法もあるから、セックスしなくても子どもはできると言う人もいるかもしれない。たしかに人工授精だけで人類が存続していくこともできるでしょう。

 だけど、ここが他の動物と人間が違うところだと思うんだけど、セックスは子どもをつくるためだけのものではないんです。みなさんもだれかを好きになったことがあるでしょう。好きな人のそばにいるとドキドキするじゃない。いや、そばにいなくても、見ているだけでドキドキする。ときには胸が苦しくなるようなこのドキドキは、でも、不快なものではないよね。

 好きな人ができたとき、みなさんはその人と一緒にいたいと思うはずです。ドキドキするけど、離れたくない。セックスとは好きな人とひとつになる行為でもあります。それはごく自然なことなので、どうか自分を否定しないでください。

 けれども、本能だからときどき暴走もする。その手綱をしめるというか、うまく調整するのが思考の本来の役割。ただし、さっきも言ったけど、本能と思考がケンカしている状態はつらい。なので、ともすれば「みにくいアヒルの子」に見られがちな本能をうまく白鳥に育ててあげたいよね。育てていくのは、ほかでもないみなさん自身なんだ。

 では、どうして性は恥ずかしいんだろうね。僕は、だれとでも簡単にしないためじゃないかと思っている。好きな人だとよけいに恥ずかしいかもしれない。でも、すごく恥ずかしいという思いを「ひとつになりたい」という思いが超えるときが来るんだね。「みにくいアヒルの子」の中で白鳥は「みにくさ」の反対である「美しさ」の象徴であったけれど、本当に好きな人と体も心もひとつになったとき、それが何ものにも代えがたい尊い行為であると、きっとみなさんも気づくことでしょう。それが白鳥なんじゃないかと僕は思う。

 余談だが、この原稿を書いているうちに、9歳になる上の孫にこの性の話をしてみようかと思った。彼からはどんな反応が返ってくるだろうか。性を生業にしてかれこれ50年になる僕のほうが、新たに気づかされることもあるかもしれない。
2016年05月27日