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アテナ映像

週刊代々木忠

アーカイブス013 セックスの中の現在・過去・未来
  撮影に入る前、女の子に催淫CDを聴いてもらうことが多いのだが、聴き終わったとき、みんなに必ず同じ質問をする。「今、誰とセックスしてた?」

 以前にも書いたが、聴けばエッチになってしまうこのCDには、催眠誘導が入っている。催眠誘導に従い、彼女たちはまさにイメージの中でセックスをしている。その相手は誰なのか? イメージだから誰にもわからない。それゆえ、いちばん“したい”相手が出てくるのである。

 今の彼や夫としていたと答える女性は、残念ながらほとんどいない。100人聴いて1人いるかいないか。では、彼女たちが誰としているのかといえば、圧倒的に多いのが元カレなのだ。次が、まだつきあってはいないが、密かに「あの人いいな」と思っている男。

 彼や夫が〈現在〉だとすれば、元カレは〈過去〉、「あの人いいな」は〈未来〉。多くの女の子は〈過去〉あるいは〈未来〉にいて、〈現在〉にいない。なぜそうなってしまうのか? それは思考が働きすぎているからである。

 たとえばこの夏休み、あなたはどこか南の島に旅行したとしよう。ひょっとしたら、やり残してきた仕事が気になるかもしれない。あるいは、休み明けの会議や売上目標についてあれこれ打つ手を考えるかもしれない。どちらも思考が働いているから、重い感情に心を引っぱられる。

 そうかと思えば、美しい海や空を充分に満喫し、幸せな気分に浸れるかもしれない。この幸福感は思考からくる感情ではなく、本能からくる感情だ。思考は〈過去〉や〈未来〉に、本能は〈現在〉に照準が合う。〈現在〉に照準が合わなければ、体だけ南の島に行って、心は会社に置き忘れてきたままの旅になる。

 話を女の子に戻すと、撮影現場にて目の前の相手と向き合うためには、まぎれもなく〈現在〉に彼女がいなければならない。今を楽しめなければ、いいセックスは絶対にできない。さて、そのためにはどうすればいいのか?

 まず1つの方法としては、場の空気を明るくして、彼女自身をポジティブにしてゆくということ。要するに、何をしてもOKという状況を作るのだ。そうすると、本能に根づいた感情が出やすくなる。

 この方法で重要なのは、自分がまず率先してそうなるという点である。こっちが冷めていて、君だけスケベになってというんじゃ、上手くいくわけがない。「この監督、単なるスケベなオジサンじゃん」と思われなければ、何も始まらないのだ。もっとも、そう思わせようとすれば、スケベなフリではダメで、本当に根っから自分がそうならなければいけない。

 監督という肩書きのままであれこれ要求しても、女の子はおそらく言うとおりにしてくれるだろう。でも、それはあくまでも服従であって、明け渡しではない。

 作品を見ていただけるとわかるが、「ようこそ催淫(アブナイ)世界へ」は千葉の別荘にて、最初の晩、女の子と二人きりで過ごすことが多い。僕は「単なるスケベなオッサン」として彼女といろいろな話をし、そのうえで催淫CDを聴いてもらう。

 余談だが、CDを聴いて「誰とセックスしてた?」の質問に「監督と」と答える女の子もこれまでそれなりの数いた。CDの中の催眠誘導は僕がしているというのもあるだろうし、なによりもその前にコミュニケーションが取れていて、心を開いた状態でさんざんスケベな話をしているのが大きいだろう。

 「おやすみ。明日は男優さんも来て撮影だから、ゆっくり休んで」と言って、女の子には2階の和室に一人寝てもらう。僕が1階のベランダで夜空を見上げながら酒などを飲んでいると、ガラッとガラス戸が開き、女の子がやってくる。「監督、眠れないの…」僕は内心マズいなと思う。顔には出さないけれど。催淫CDを聴かせて気分をさんざん掻き立てておきながら、明日の撮影までオアズケ状態なのだから、寝られないのも無理はない。

 次にだいたい女の子は僕の体に手を置きながら、「ねぇ、がまんできないよ」と潤んだ目で訴えてくる。僕はますますマズいなと思う。

 撮影初日の深夜、女の子と二人きりの別荘で、女の子のほうから迫ってくる。それも催淫CDによって、文字どおり触れなば落ちんという状態で。僕は僕で、彼女が心を開けるように単なるスケベなオジサンになっているから、彼女と同様に触れなば落ちんである。

 「いいな、役得で」と思われるかもしれないが、そういうわけにもいかないのである。もし僕がやってしまうと、彼女の欲求不満状態はそこで途切れてしまう。やりたくてたまらないからこそ、いいセックスが撮れる。

 それに加えて、僕の欲求不満も解消されてしまう。僕は出演しないけれど、オスとしての貪欲さがないと、カメラワークに迫力そのものがなくなるのである。これでは、なんのために撮影に来たのかわからない。

 なんで、やった場合の結果がわかるのかといえば、恥ずかしながら、かつてやったことがあるからだ。このときの自己嫌悪は、それはすごい。もう二度とあんな思いはごめんだと思うから、欲情した女の子を目の前にしながら、がまんするしかない。まぁ、これはこれでけっこうキツいのだけれど。

 話がずいぶん横道にそれたので、元に戻そう。女の子がセックスで〈現在〉を楽しむには、彼女自身がポジティブになり、何をしてもOKという状況を作ればいいという話だった。ところが、それでも思考の落ちない子がいる。

 そんな子の場合、次なる手として「考えさせなくしてしまう」というのがある。そのためには、感情をくすぐるというか、感情オクターヴにアプローチをかけてゆく。たとえば怒らせるというのも、ひとつの手だ。

 現場でよく使う手としては、僕が女の子に怒鳴る。そして突き放す。もちろん訳もなく唐突に怒り出すわけではない。たとえば事前にいろいろ話をしているが、そのときのことを忘れてしまって、まったく違うことをしていたりするケースにおいてである。ただ、怒鳴られた当人は事前の話も右から左に忘れているから、「なんでー!?」となる。そこで初めて感情があらわになってくる。そこでの感情とは、悲しみもあるだろうし、怒りもあるだろう。

 ここでは、その後あえて僕はフォローに回らず、突き放すということが重要になってくる。突き放せば、女の子は置かれた状況から男優に逃げ込むしかなくなるのだから。

 こうさせたいという思いがあるとき、ぜんぜん違うところに火をつけるというのは、僕の手法と言えるだろう。怒鳴っておいて「こうしなさい」では、必ず内面の反発が起きるし、せっかく思考を落とそうとしているのに、女の子はまた頭で考えることにもなってしまう。

 いずれにしても、今を楽しむということが、セックスのみならず、生きること全般において重要だと僕は思っている。思考が働くとだれしも先々の手を打ちたくなる。もちろん僕もである。ほとんどのエネルギーを先々の打つ手に費やせば、今を楽しむエネルギーはなくなってしまうのだ。

 子どもは大人よりも、今を楽しむ達人である。自分の中にいる子どもの声にじっくり耳を傾けてみるのもいいかもしれない。


(2011年7月22・29日掲載)



 近ごろ時間さえあれば、2歳の孫(イヤイヤ期ゆえ“魔の2歳児”と言われる)と遊ぶ。彼はお誕生日にパパからストライダー(ペダルも補助輪もない二輪車)を買ってもらった。

 公園の中、初めは跨ってハンドルにつかまり、ただ歩くだけだったので、散歩しているのと変わらなかった。それが今では、サドルに腰をすえて地面を蹴る。ハンドルさばきもなかなか上手くなった。

 あるときはコーナーで転び、スピードに乗って坂道を駆け下り、奇声を発して段差を乗り越える……ストライダーと人馬一体に見えるそんなとき、彼は何も考えてはいない。見てるこっちだって考えるどころじゃない。
2017年03月17日