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アテナ映像

週刊代々木忠

子どもに戻れる時間
  孫と過ごしているとき、それは僕自身が子どもに戻れる時間でもある。その孫はまもなく2歳半になる。近ごろは盛んに話しかけてくるのだけれど、何を言っているのかわからない言葉がたくさんある。

 「あーえーてっ!」「あっお!」「ちゃんちゃん」「にろり」。これらは孫が発したわからない言葉のほんの一例だ。なんとかそれぞれの状況で当て推量を試みるものの、残念ながらまったく当たらず、仕舞いには孫のほうが怒り出す。「じーじっ!」

 あるとき、僕は娘に「わかんないよ。怒るんだよ」と泣きを入れた。娘は「なんだ、そんなことか」という顔で、通じる日本語に置き換えた一覧表をくれた。「あーえーてっ!→ 開けて!」「あっお!→ 抱っこ!」「ちゃんちゃん → 靴下」「にろり → 緑」。わからない言葉がすべて網羅されているわけではないけれど、かなりの数の単語が載っている。

 どうしてこんなものを娘は持っているのだろう。どうやら孫が言葉を発したときからノートに書いていたようだ。その数は日ごとに増えていったのだろう。ただ、なぜその意味までわかるのか……。もちろん一緒にいる時間は娘のほうが長い。でも、単に時間の問題ではないような気もする。

 先日、娘がLINEで動画を送ってきた。孫が台所の床にオモチャを並べている。マジックテープでくっついている野菜や果物たち。オモチャの包丁で切る真似ができるそれらは、いま孫のいちばんのお気に入りである。それらを一列に並べて置いたまま、「ママ、おいしい、バイバイ!」と言いながら台所を去っていくところで動画は終わる。

 続いて娘の説明が送られてきた。この動画の前に、娘は叱ったらしい。すると、お気に入りのオモチャを持ってきて並べはじめたのだという。つまり、これは2歳児が自分で考えたお詫びのしるしであり、母親へのご機嫌とりなのだ。叱るときには厳しく叱り、でもそれ以上に抱きしめる、娘はそんなふうにわが子と向き合っている。それにひきかえ、僕は甘やかす一方だ。

 向き合い方の密度というか深度の違いなのだろうと思った。言葉じゃないところで通じ合っているからこそ、一見意味をなさない単語の向こう側にある気持ちが読めてしまうのではないかと。

 若い時分、僕は家庭より仕事を優先した。だから子育ても女房に任せっきりだった。娘と孫を見ながら、女房が注いだ愛情はしっかり娘に届いていたんだなぁと思う。叱ることと抱きしめること、そのバランスの取り方は、女房から娘へと受け継がれている。

 幼い子どもは大人を癒してくれる存在だ。年を取ると人間関係も減ってくるし、いろんなものが乾いてくる。そんななかにあって、自分が子どもに戻れる時間は心に潤いを与えてくれるかけがえのないものだ。けれども、至福の時間はいつまでも続くわけではない。もうすぐ孫は同世代の友達と遊ぶほうが楽しくなるだろう。

 孫は遊びに来るとまずクルマに乗り、僕にエンジンをかけさせるのが習慣になっている。と言っても、そのままどこかに出かけるのではなく、自分でボタンを押して全部の窓を開け、うれしそうにハタキで掃除を始める。ハタキをかけるのはクルマだけではない。肩や顔にハタキをかけられながら、成長の歓びと一抹の寂寥に僕は思わず苦笑する。
2017年07月07日