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アテナ映像

週刊代々木忠

性と向き合うということ
  2カ月ほど前になるけれど「ザ・面接」の撮影のとき、森くんから「たまには一緒に講演をやってもらえませんか」と言われた。ご存じの方も多いと思うが、彼は「リビドーリブ」というサイトを立ち上げ、定期的に講演会を行なっている。性を通していろいろな事象を肯定的にとらえ、それを発信しようとしているのだ。彼は以前から「AIDS文化フォーラム」でもずっと講演活動してきた。多くの人と出会い、その声を聞くことで、性に関してもっと発信しなければならないという思いが芽生えてきていたのだろう。

 ふり返れば最初に森くんと会ったのが24歳のときだから、かれこれ十数年のつきあいになる。業界的にはもうベテランだが、ベテランになればちょっと勘違いしてしまう者もいる。過去一緒に現場をやってきたなかには、そういう男優もいた。しかし、森くんにはそれがない。僕に対してもそうだが、現場で女の子と向き合う姿勢も彼は一貫して真摯だ。

 そんな彼から講演会の申し出を受け、僕もきちんと応えなきゃいかんなと思った。とはいえ、もともと人前でしゃべるのは好きじゃないし、この歳になると物忘れはハンパなく、固有名詞の類が出てこない。頭の中のレスポンスも悪いときている。これでは逆に迷惑をかけるかもしれない。そこで「今まで僕が学んできたことを伝え、それを森くんが咀嚼して講演活動で発信してくれるとうれしいんだが……」と提案してみた。彼は僕の言わんとすることがすぐにわかったようで「では、そうさせてください」と答えた。

 これまで撮影前や休憩時間にも、グルジェフの水素論やトランスに入った後の女の子の変貌など、いろいろなテーマに関して彼と話し合ってきた。だが、時間が限られているため、話が尻切れトンボに終わることも少なくなかった。言い残したことはたくさんある。そこでお互いまとまった時間を取り、差し向いで話をしたいと思った。

 ついては、リビドーリブ講演会(博多会場)のDVDを送ってもらい、事前に見ておくことにした。森くんは〈社会とセックス〉〈セックスの意義〉といったテーマで白板に図を描き、順に説明している。お世辞ではなくわかりやすい。この話を聞けた人はラッキーだなぁと思う。けれども〈人間の構造〉というテーマになったとき、彼は「まだ自分でも整理がついていない」と言って、説明もそこそこに次のテーマに進んでしまった。そのとき彼が白板に描いたのは下の図である。


 図の中央では「頭・心・体」が一体化しているが、左はそれがバラバラになっており、その間の矢印の下には「傷」と書かれている。彼は解離性同一性障害、いわゆる多重人格を例に人間の構造(頭と心と体)について何かを伝えようとしているみたいだ。というのも、今から3カ月ほど前、かつて僕が撮った「多重人格そして性」という作品を見たいと森くんはうちの助監督に頼んできた。僕はそれを聞いて、どうせなら多重人格だけでなく各々の意識階梯が入った「快感マトリックス」という作品のほうを送ってあげるよう助監督に伝えたのだった。

 多重人格を例に人間の構造(頭と心と体)について伝える――20人以上の多重人格の女性たちと接してきた僕でも、これはなかなか難しいテーマである。「頭・心・体」がバラバラになるとはどういうことなのか、何をきっかけにバラバラになっていくのか――まずはそれらを講演活動のなかできっちり伝えなければならないだろう。

 今回、そのあたりから森くんとは話を始めた。幼いころ親などからあまりにもひどい虐待を受けた子どもは、その現実を受け止めきれず、それは自分に起こったことではないと記憶から消してしまうことがある。何年かして、あるとき突然、消された記憶が表に出てくる。消すくらい忌まわしい出来事だから、出てきた記憶もネガティブで、いきなり機嫌が悪くなったり、盾突いてきたり、場合によっては殴りかかってくることもある。何度かそれが出ても、消された記憶だと家族は気づかず、「また我がままが始まった」と叱ったり、「手に負えない」と嘆いたりするケースが多い。

 もしも家族をはじめ他者が、表われた記憶と向き合い、対応していけば、その記憶はやがて1人の人格として独立してゆく。僕が撮った女性もそうだった。独立した子どもの人格が仮に4歳であれば、4歳のときに受け止めきれない何かが起きたと推測できる。

 しかし、人格のなかには基本人格(もともとの人格)と同年代の、つまり成人した人格もいる。彼女たちは基本人格の理性的な面を一手に引き受けたような人もいれば、感情面をそっくりそのまま引き受けたような人もいた。基本人格が生命維持というか、生体の処理を請け負っていると考えれば、生き物としての中心部分、つまり本能を引き受けているとも言える。それはまさしく森くんが描いた図、「頭・心・体」がバラバラになった形のようにも見えるのである。

 成人した彼女たちはどうして独立したのか? 幼い人格の場合のように親からの虐待が原因とは考えにくい。ある期間、彼女たちと時間を共にして思ったのは次のようなことだ。人は感情を前面に出すこともあれば、理性的にふるまうこともある。どちらも同じ自分だが、TPOによってそれらを使い分けている。一方、多重人格の人は自分の一部を切り離すことによって生きていくという術を覚えている。だから、成人してからも自分の中の異なる面が独立してゆく傾向にあるのではないだろうか。

 森くんとは、バラバラになってしまった人格がどうすれば癒されるのかについても話し合った。僕が出会った4歳の人格はよく“森”に行っていた。「最初クマさんのとこ行ったんだけどね、いなくてヤマネさんのところに行ったの」と“森”での出来事を話してくれた。彼女の言う“森”とは自らの思いで創造した世界だ。また、6歳の人格は“空”に行って、サンタクロースやカミナリ小僧や神様に会っていた。

 “森”も“空”も、彼女たちが安心していられる場所なのである。そこに行くたび戻ってはきていたものの、向こうが楽しいと見えてだんだん戻る回数は減り、やがてほとんど戻ってこなくなった。解離性同一性障害のゴールとして人格の統合をあげる人もいるが、僕は幼い人格が自分の楽しい世界を創り、そこに住むようになることのほうがよほどいいと思う。

 別の女性の話だが、彼女の中に存在するのは学校の保健室だけという子どもの人格がいた。親からの虐待で家に帰れない、教室は怖いとその子は言う。僕は「こんな川があるんだよ……」とひとつのイメージを伝えてみた。すると幾日かして「おじちゃん、川に行って、お友だちができた」という便りが届いた。幼い人格が癒されると、大人の人格も癒される。

 森くんとの話は多岐にわたったが、とても全部は書けないので、今回は多重人格についてだけ書いてみた。性の講演でなぜそこまで必要なのかと思う方もいるかもしれない。セックスにおいて思考(頭)の縛りから自由になれば、それまで思考が抑え込んでいた感情(心)が湧き出てくるというのは現場でもよく起こり得る。多重人格まで至らずとも、それは本人すら覚えていない感情であったりする。生きづらくなった現代、このまま行くと心の問題はのっぴきならない領域へと入っていくに違いない。いずれにせよ、性と真摯に向き合えば人間の深淵をおのずと覗き込むことになる。森くんならば、きっとみんなにわかりやすくそれらが伝えられるだろうと僕は思っている。
2017年09月01日