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アテナ映像

週刊代々木忠

八十になって思うこと
  先日「報道ステーション」で、野村克也元監督と松岡修造の対談を見た。松岡が「夢」について訊く。野村さんは「もう82(歳)ですよ。もう人生終わりました。まぁ、そりゃ、夢を持ちつづけるってことは、すごい大事なことですよね、人生において。夢がなくなったらもう人生終わりですよ」。松岡が食い下がり、「どんな夢を持ってますか?」とふたたび訊くと「安らかに眠りたい。もうそういう歳だもん。人間、時代と年齢には絶対に勝てない」。

 つづいて「死」について訊かれると、「人間って、何しに生まれてくるんだろうという、素朴にそういう疑問を持ちますよね。死っていうものを考えると」。「野球でとらえると今、野村さんは何回くらいにいるんですか?」と問われれば、「もう9回ラストイニングでしょう。だから僅差、1点差2点差で逃げ切りたい」。「逃げ切るには何をしなきゃいけないですか?」。「なんか最後にね、人の役に立ちたいね。まぁ、できるとすりゃ、子どもたちですかね。子どもたちに夢を持たせるぐらいはできるかなぁと思うんですけど」。

 「夢」については、のっけからネガティブなトーンだし、今を「9回ラストイニング」ととらえてしまうのは、やはり奥さんが亡くなって間もないせいもあるだろう。「死」というものが、彼の心の中に大きく腰を下ろしているのがうかがえる。たしかに人はある年齢に達すると、あと何年くらい生きられる、言い換えれば、あと何年くらいしか生きられないというのが、おのずと見えてくる。

 そんな中で「人は何をしに(何のために)生まれてくるんだろう」と考えるのは、むべなるかなである。親が産んだから生まれて、毎日飯を食って、歳をとって死んでいく……ただ、それだけじゃあ、あまりにも寂しいよなぁと僕も思う。ご存じの方もいるだろうが、こんな言葉がある。「金を残すのは三流、名を残すのは二流、人を残すのは一流」。“野村再生工場”とまで言われた彼は、野球界で数多くの逸材を育て、残してきたんだから、一流も一流ではないか。

 「何のために生まれてくるのか」を社会性で見たとき、「残すのは金より名、名より人」という言葉に反論の余地はない。僕もそのとおりだと思う。ただし、死んだらすべてが終わりじゃないとしたら、もっと言えば、今が9回のラストイニングだったとしても、再試合、再々試合が待っているとしたら……。“見えない世界”に懐疑的な人も、ひとつのものの考え方として以降を読んでもらえたらありがたい。

 死後、肉体を離れた魂はどこへ向かうのか。この世に対してあの世という言い方にはなるけれど、そこでは同じ意識階梯の人たちが引き寄せ合い、集まっているのだと思う。つまり、同じ周波数を発信している者同士が一堂に会する。たとえば、他人の迷惑など省みることなく生きてきた人は、自分さえよければいいという人たちばかりがいる所へ行くし、逆に、人に誠実でありたいと生きてきた人は、心やさしい人たちがいる所へ行くというように。

 そしてこの場所にいる限り、その人たちは変われない。かつてエニアグラムの話で書いた循環小数のごとく同じところを回っているだけで、上にも下にも行けないのである。では、どうしたら変われるのか? 変わるためには、もう一回生まれ変わる必要がある。この世、すなわち三次元の“見える世界”で人生をやり直すのだ。なので「何のために生まれてくるのか」をこの視点で見たとき、答えは「自分が出している周波数を上げるため」になる。

 「周波数を上げる」とは、社会性で表現すれば「世のため人のために何かをする」と言うこともできるだろう。ところが、あの世と違ってこの世には、異なる周波数を出している人々が一緒くたに生きている。なので、あちこちに仕掛けが待ち構えており、そうは問屋が卸さないという場合もしばしばだ。周波数を上げるとは、かくも大変なことなのである。だから、この世はある意味「魂の修行の場」とも言えると思う。

 そう考えたとき、僕は2つの言葉が浮かんでくる。「諸行無常」と「諸法無我」である。ご存じだと思うが念のために記しておけば、まず「諸行無常」は「この世のあらゆる事物は絶えず変化しつづけており、永遠に変わらないものはひとつとしてない」という意味。「諸法無我」は「自分ひとりで生きていると思いがちだけれど、あらゆる関わり合いの中で互いが互いに影響を及ぼし合って生きている」という意味である。

 変化するからこそ、人は自分の周波数を上げることもできれば、意に反して下げてしまうことも起こり得る。そして、それは自らの頑張りだけでどうにかなるというものではなく、人や社会や自然や、つまりは自分以外の事物との関わり合いの中で結果が導かれてゆく……。80歳になって、ようやく僕もそういうことを実感できるようになったと思う。
2018年04月06日