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週刊代々木忠

アーカイブス042 獄中読書
  未決勾留(みけつこうりゅう)という言葉をご存じだろうか? 裁判で有罪か無罪か決まるまで、被疑者を拘置所などに拘束しておくことをいう。20代の頃、僕はこの未決勾留をくらったことがある。かけられた嫌疑は営利誘拐。

 営利誘拐なんていうと身代金目当てに子どもをさらったみたいだが、僕の場合、少し事情が違った。それは興行をしていた頃の話で、博多のダンスホールにJという女性を訪ねるよう組織から言われた。

 Jは家出してきた女の子たちにはちょっと知れた顔だったし、頼られてもいた。家出に限らず、食うに困った女の子たちには働き口も世話していた。

 その日、僕は先輩のMと一緒に車で博多まで行き、Jに会った。Jからは2人の女の子を小倉のストリップ劇場まで送り届けるよう頼まれた。「劇場と話はついてるから」と。MがJに封筒を手渡すのを目にしたとき、とっさに感じた。これは売買だと。

 当の女の子たちは仕事が決まってうれしそうだった。だが悪いことに、彼女たちは未成年で、しかも1人は親から捜索願が出されていたのだ。ペイペイの僕は言われるまま、女の子たちを車で送っただけだが、それをそのまま警察に話すわけにはいかない。そんなことをすれば上が捕まる。そもそも警察はオヤジを挙げたいわけだから。

 取り調べ検事の質問には「知りません」しか答えない“問答調書”で貫き通した。つまり、検事にとって都合のいい“作文”は最後まで書かせなかったわけである。でもそのおかげで、僕は8カ月間、未決勾留となる。

 拘置所の中で、最初は接見禁止の独居房だったけれど、裁判が始まると雑居房に移された。雑居房には僕を含めて7人いた。刑務所と違って懲役、つまり作業の義務はない。だから、ときどき裁判に出る以外は、これと言ってすることがないのである。義理を通したオヤジからは差し入れがあった。中身は意外にも本だった。山岡荘八の『徳川家康』が10巻入っている。

 べつに家康のファンではなかったけれど、第1巻から読み始めた。ろくに本など読んだことのない僕のことだから、人名や地名など読めない漢字がたくさん出てくる。そのたびに同じ房にいた作家くずれの詐欺師に「これ、なんて読むんだ?」と訊いた。いつでも教えてくれる人間が目の前にいることも、読書にはうってつけだったのだ。

 『徳川家康』は家康の生前から没後までが描かれているが、あの時代を生きて死んでいった人々の織り成す物語は、一気に僕を夢中にさせた。たとえば今でも思い出す武将に石川数正(かずまさ)がいる。彼は家康を裏切って、秀吉に寝返ったというところで話は進んでいくのだが、じつは捨て身の戦法で最後まで自分の信念を貫き通したことがのちに明らかになる。数正の出奔(しゅっぽん)は史実であり、その動機には諸説ある。実際には単に家康と仲違いをしただけかもしれないが、数正に限らず山岡の筆にかかると、ものすごく魅力的な男たちの生きざま・死にざまが立ち上がってくる。

 未決勾留時にその時点で最新刊だった19巻までを差し入れてもらって読み、出所してからは続刊されるたびに買って全巻を読み終えた。もしも拘置所に入らなければ、おそらく『徳川家康』を読むことなど一生なかっただろう。だが読んでみて、若かった僕は、筋を通している男、一本持ってるヤツはいいよなぁとつくづく思った。ひとつの生き方を貫けば摩擦も起きるし、まわりの者を傷つけたりもする。でも、それを押してなお貫かねばならぬ生き方に、僕らの世代は男の美学を感じ、心打たれたものである。

 ところが、今はそういう時代じゃない。筋を通すこと自体むずかしい世の中だし、男の美学じゃメシも食えない。「男はこうだ!」というものがあった時代のほうが、男はラクだったかもしれないなぁと思う。


(2013年12月20日掲載)


 日本人の行動様式を「恥の文化」と称した文化人類学者がいた。「これをやったら世間様に恥ずかしい」という言葉が、かつては日常的によく聞かれたものである。ところが戦後、西欧的な価値観がどんどん入ってくるなかで「恥」よりも「法律」が幅を利かせてきた。法治国家だから当然と言えば当然だけれど、それ以前にも法律はあったわけで、法に触れなければOKというのは、僕のような古い人間にはどこか違和感がある。たとえ法に触れなくとも、それをやったら人間として恥ずかしい。その思いは日本人の美学ではなかったのか。
2018年04月13日