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アテナ映像

週刊代々木忠

過ぎゆく平成
  あと3カ月余りでひとつの時代が終わろうとしている。僕にとって「平成」のイメージは、どこかぼんやりとしていて、摑みどころがないように思える。というのも、「昭和」にあったいろいろな縛りが、いい意味でも悪い意味でも薄らぎ、なくなってきたからである。

 昭和の頃は、たとえば国家も上司も父親も先輩も「かくあるべき」という規範を強烈に求めてきた。戦中も戦後も「みんなが一丸となって」という形容がしっくりくるし、戦争が遠い過去になってからも「上へならえ」というピラミッド型の力学は健在だった。そして、そこから外れる個性はともすれば異端とも見なされた。

 むろん平成になった途端に、世の中がガラリと変わったわけではない。初めて僕が現場で平成を意識したのは、平成生まれの女の子たちが出演するようになってからだ。「え? 君、平成生まれかい!」と。この時点で、平成になって少なくとも18年は経過している。

 ただ、今ふり返れば女性たちのセックス観はずいぶん変わった(それは平成の世のセックス観という意味であり、平成生まれの子に限った話ではないが……)。昭和の頃「操を立てる」という表現がそこかしこで使われていたが、実際にも女性は処女性を大事にしていた。嫁ぐとき白無垢なのもしかりである。ところが、今の撮影現場でそういうものは価値を持たない。それどころか、「200人とやった」「300人とやった」ということを、自慢とまでは言わないが、けっこう堂々と女の子たちは言ってのける。

 でも、一概にそれがいけないとは言えない時代、それが平成であったように思う。なぜならば「女はかくあるべき」という昭和の価値観に僕らが洗脳されていた面もあったのだから。そういう縛りから女性は自由になったと言えるだろう。

 先月撮った「ザ・面接」でも、男性経験400人という子がいた。この子も悪びれる様子はない。なぜ彼女がプライベートでそんなにも多くの男たちとセックスしたのか? その背景を覗いてみたいと思った。彼女のような子は確かに今までにもいた。でも「そういう子たちは心の空洞を埋めたいんだ、温もりが欲しいんだ、まだそういうセックスに巡り会ってないだけなんだ」という思いが僕の中にはあった。でも、最近は「そうとも限らないんじゃないかな」と思えるくらいセックスの垣根が低くなっている。

 では、彼女たちのようにみんな活発にセックスするようになったのかと言えば、そんなことはない。しない人の割合は、昭和の頃よりずっと増えている。セックスにおいても二極化しているのである。

 話は変わるが、正月休みに孫3人(保育園、小学校2年、小学校5年)がうちに遊びに来ていた。最初は僕も交じって4人でワイワイ遊んでいたのだけれど、そのうち3人が銘々に親のスマホでゲームを始めた。するとだれも口を利かない。僕が声をかけてもまったく反応がない。

 ひとたびその世界に入れば、まわりは消えて、ずっと続けていたくなるほど、ゲームは巧妙に作られている。大人も子どもも虜(とりこ)にしてしまうくらいに。これは快を与えられて、中毒になっていくのと同じ流れである。

 ゲームに限らず、こういう仕組みは僕たちのまわりにたくさん存在している。だから、セックスの快を追い求める必要もない人が増えてきたのではないだろうか。たとえ生身の人間と相まみえなくとも、彼らにとってはそちら側のほうにこそリアリティを感じているのかもしれない。ただし、忘れてはいけないのは、ゲームもほかの仕組みも、それによって利益を得ている“頭脳”がいるということだ。

 昭和の時代は人間関係やイデオロギー的なピラミッド力学だったが、平成は経済的なシステムのピラミッド力学が主流となり、世の中を支配するようになった。結果として、コミュ二オン(心の交流)が起きなくなっている。次の新しい世も、この流れはさらに加速するだろう。そのなかにあって、心のともなうセックスはいっそう尊いものになるはずだと僕には思えるのである。
2019年01月25日