年齢認証

あなたは18歳以上ですか?

ここから先は、アダルト商品を扱うアダルトサイトとなります。
18歳未満の方のアクセスは固くお断りします。

閉じる

アテナ映像

週刊代々木忠

男を失神させる女
  30年ほど前、現場で初めて男優が失神した。失神させたのは栗原早記だった。その後も、淫女隊の渡辺美乃が圧倒的な存在感をもって、何人もの男優たちを失神させている。男を失神させる女性と、明らかにそれはできないだろうなという女性がいる。

 両者の違いは、いったいどこにあるのか?

 男を失神まで追い込んでいく方法に、きちっとした雛形、つまりマニュアルのようなものがあるわけではない。グルジェフの水素論の中に「H24に行くためには一度H96に落ちなければいけない」というのがある。



 その間に位置するH48は通常の社会生活を送る意識レベルだが、失神へとつながるH24へ直接上がることはできず、一回ネガティブなH96に落ちないとそこへは行けないというわけだ。具体的にどうするかと言えば、現場でやっているのは、たとえば「言葉なぶり」である。

 その人が社会的に身につけてきたもの、それは地位や肩書きかもしれないし、親や学校が望んだ本質とは違う人格かもしれない。これをいったん落とさない限り、本質は出てこない。これがH96を経由する意味である。

 かつて電マ少女を隊長の市原が怒ったときも、とことん怒っていったんネガティブにしたら、彼女は初めてセックスで涙してイッた。そういう例はたくさんある。近いところでは「ザ・面接 VOL.159」と「VOL.160」。

 「VOL.159」で、面接に来た36歳のOLは、これからセックスが始まろうというとき、両隣に座る面接官(銀次とウルフ)の肩に手を回し、野球部の円陣のごとく「しまっていこう!」とおどけてみせた。そこに至るまでも「相手は若いのがいい」とか「メタボは嫌だ」とか、さんざん言った挙句にである。「おまえ、セックスやる気あんのか!」とついに隊長がキレる。

 怒鳴られてムクれている彼女に僕は「本当の自分、出せよ。本当は恥ずかしいんだろ? それをやめろ!」と言った。そして「銀次さんつーんだよ、目見ろ、その男の。抱きつけ、甘えろ。子どもになって甘えてみなよ」と。

 けれども、彼女の感情はH96まで落ちてはいなかった。H48の思考が主導権を握っている。それで僕はもう一回追い込むことにした。エキストラの大学院生を呼んで、「銀次を彼女から取れ! 目の前で見せつけろ!」と耳打ちしたのである。この部分は画の中には出てきていないが、とことん追い込もうと僕は思っていた。そうすれば、彼女は頭に来てそのまま帰ってしまうか、そこにいる誰かに救いを求めるしかない。

 「ピッチャーゴロでランニングホームラン」という話でも書いたが、それがたまたまウルフだった。彼女はウルフに自分を開いた。そして今まで味わったことのないH24の世界を体験する。もしも彼女をヨイショしながら、事を荒立てずにやっていたら、演技のままか、せいぜいクリでイクくらいのことで終わっていただろう。

 このOLとは対照的だったのが、「VOL.160」に出た44歳の主婦である。最初、片山と卓が行くのだが、笑顔が絶えることなく一貫して社交辞令的にふるまっていた。片山に股間を舐められているとき「私もしゃぶらせて」とフェラチオを始めるのだが、気持ちが入っていないので片山は半勃ちのままだ。すると「私のも舐めてほしい」とまたクンニに戻る。

 見かねた銀次、卓、森林の3人が加勢し、彼女を押さえつけるものの、徹底した言葉なぶりはしていない。なので、主婦は落ち込んでもいない。これではダメだと思った僕は、エキストラのひとりに「片山、取っちゃえ!」と指示を出した。

 エキストラはクンニしている片山の背後から迫ってチョッカイを出す。エキストラにタマを舐められて片山の反応が激しくなると、主婦も面白がり、タマばかりを責めはじめる。エキストラはそれを見て、すっと身を引く。片山の本質が反応して動き出したからである。

 ところが、タマばかりを責められた片山は例のごとく固まってしまう。「動かなくなっちゃった……」。どうしていいかわからず、主婦は途方に暮れている。

 映像の中では使っていないが、主婦のところにすぐに森林が行って、彼女を強引に組み敷き、セックスしている。でも、最後まで彼女は冷静だ。カラミだけはしたという感じである。終わったあとに、森林と目が合ったので「お疲れさん」と僕は言った。

 この主婦も、市原が前回OLに怒ったように「そんな冷静な女とやっても、男が気持ちよくなるはずねえだろ!」とか「いつまでも気取ってんじゃねえよ!」とか、とことん追い詰めていけば、きっとH24を体験したことだろう。

 「男を失神させる女」の話に戻そう。失神に至る過程での言葉なぶり(追い込み)は誰もができるわけではない。一歩間違えば、相手の心に傷を残すか、それこそ犯罪につながりかねない。冒頭の「両者の違いは、いったいどこにあるのか?」の答えがここにある。

 たとえば、渡辺美乃は僕がなにも指示していないのに、男を目かくしして不安な状況に陥れ、とことん追い込み、本能的な挑発を続け、そして溶け合うように受け入れていった。最初、事前面接で会ったとき、「社会的に地位があって威張っている人を私はヨガらせたい」と言っていたから、権威ある男との修羅場のような体験がひょっとしたらあったのかもしれない。

 H24に男を導く女は、自分もまたH24にいなければならないが、それはくり返し書いているように、H96を卒業したからこそH24に行けたということだ。つまり、苦しい体験から学びを得て、H24へと上がっていけた人である。H24では他者を思いやる対人的感性が芽生える。美乃をはじめ淫女隊の何人もが、男が失神から戻ってきて泣いたとき、一緒に涙した。

 栗原早記とセックスして失神した加藤鷹にしてみれば、早記の存在そのものがもう敵わないと感じていたはずである。この女の前でカッコつけても通用しねえなぁと。それはやはり体験の違いと言えるのである。

 次回は、水素論と一体を成す「エニアグラム」について見ていきたい。
2019年02月08日