年齢認証

あなたは18歳以上ですか?

ここから先は、アダルト商品を扱うアダルトサイトとなります。
18歳未満の方のアクセスは固くお断りします。

閉じる

アテナ映像

週刊代々木忠

此岸から彼岸へ
  今回も、山下良道著『「マインドフルネス×禅」であなたの雑念はすっきり消える』(集英社)という本からのお話である。

 前回は「私の二重構造」のところで終わった。二重構造とは「今の私」と「本来の自己」という二人の「私」が存在するということだ。つまり「今の私」は此岸におり、「エゴの私」とも「thinkingマインドの私」とも言い換えられるという。たとえば過去の出来事を引きずり、ああでもないこうでもないと悩み、傷つき、他人の目を気にしたり、肩書きに縛られたり、でも根っこの部分では自分に自信が持てず、未来に不安を抱いている「私」をさしているのだろう。一方、「本来の自己」は彼岸にいる。これは前回の映画の例えでいえば、頭が作り出した架空の世界から抜け出た「私」のことである。ところが、多くの人々は「今の私」のほうを“本当の私”だと思って生きている。そして「私」はその一人だけだと。

 この二重構造について、僕はスッと納得してしまった。禅もマインドフルネスもともに極めた人と同列で書くのは大変おこがましいが、27年前、拙著『プラトニック・アニマル』で「オーガズムとは、制度の世界で自分を自分たらしめている自我=エゴから自分自身を解放する、〈エゴの崩壊〉であり〈エゴの死〉である」「エゴが死んだとき、いったい人は何になるのか。もしそんなことになったら、自分が自分でなくなってしまうのではないかと心配している人もいるだろう。だが、それは違う。死んだのは『かくあらねばならない』ために嘘をつき、無理を重ねていた偽りの自分なのだ。エゴが死んだとき、人は本当の自分になれるのである」と書いた。

 話を元に戻そう。此岸から彼岸に渡る方法がマインドフルネスだと山下さんは言う。具体的にはどうやるのか? その瞑想法(ワンダルマ・メソッドに沿ったマインドフルネス瞑想法)が詳しく書かれている。興味のある方は『「マインドフルネス×禅」であなたの雑念はすっきり消える』をぜひ読んでいただきたいが、ポイントだけ紹介すると、坐蒲(坐禅用のクッション)の上にお尻をのせて坐禅の姿勢をとらせる。このとき山下さんはお尻の位置、足の組み方などを細かく指示していく。そして身体の内側、つまり感情や思考をいったん覗かせたあと、手のひら、右腕、左腕、つま先、ふくらはぎ、膝、太もも、お尻、背骨……というように純粋に身体の感覚を感じ取らせていく。

 前回の映画の例えでいえば、映画のストーリーに入り込み、そこが現実だと思っている人は、自分が映画館の椅子に座っていることも忘れている。だから頭が作り上げた架空世界から抜け出すためには、まず身体の感覚を取り戻させるというのが狙いだろう。僕も女の子を催眠に入れるときには、身体の状態を本人に認識させる。「今あなたはソファに横たわって、背中にソファのクッションを感じています」というように。身体に意識が向かうと、思考は落ちるのである。

 次に、慈悲の瞑想。最初に「私が幸せでありますように」と念じる。「私」から始まった祈りの対象は、「私の好きな人が幸せでありますように」「私が今日見かけた見ず知らずの人が幸せでありますように」「私が長い間ネガティブな感情を抱き続けていたあの人が幸せでありますように」「生きとし生けるものが幸せでありますように」と広がっていく。この慈悲の瞑想をすることで、だれでも此岸から彼岸へのジャンプが起こると山下さんは言う。頑張ってそうなるのではなく、もともと「私」はそういう私だったのだからと。

 そして最後に呼吸。もうここでは、主体である私が客体である呼吸を見るという主客が分かれた場所ではなく、吸う息と吐く息がただある場所。そこに時間が許す限り留まるのだという。
2019年03月29日