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アテナ映像

週刊代々木忠

お固い女性がビデオに出る理由
  自宅の本棚を整理していたら『「快感」をたくらむ女たち』(集英社)という本が出てきた。1998年の刊行だから20年も前のものだ。どんな本かというと、女性誌「COSMOPOLITAN」がセックスに関する読者アンケートを行い、そこに寄せられた女性1057人(20代が中心)の生の声を収録したもの。

 20年前の女性たちが何を書いているのか、さわりだけ抜粋してみる。

 〈大好きだから早くひとつになりたかったのに、彼は「そんなに簡単には抱けない」って言ってた。だから、エッチは7回目のデートでやっとしました。彼は半年ぶりのエッチで、あっというまだったけど、すごくうれしかった。(20歳・貿易事務)〉

 〈遠距離恋愛中の彼の実家に泊まることに。仕切りのない部屋に両親、壁の向こうには弟たちが寝ているという状況でおそるおそる……。聞こえたらマズイというスリルで燃え上がり、終わってからヤバかったかなとクスクス笑い合った。なんだかとても幸せを感じました。(21歳・経理)〉

 〈かなりのテクニックを弄(ろう)するオジサマと、初エッチ以来4年間つき合ってきた。最近、同世代の、セックスに非常に不慣れな若者とエッチして、ゲンナリ。ブラジャーさえうまくはずせないなんて、冷めまくり。ほかの男と寝てみて初めて、オジサマはすごくグッドだと気づいたわけ。(24歳・メーカー)〉

 〈愛があれば基本的に何でもOKです。(25歳・専業主婦)〉

 紙幅の関係もあり、拾い出したのは1057人分のたった4人でしかないが、本全体を再読してみると、みんなけっこう赤裸々に綴っている。1998年といえば平成10年。もしこのアンケートを昭和の時代に実施していたら、これほどまでに女性たちは答えてくれただろうか? 多くの人に拒否反応が起きて、「そんなの言えるわけない!」とか「失礼でしょ!」になっていても不思議ではない。

 平成も10年頃になって、女性たちは自分の性について語り出したのだなぁと思う。とはいえ今と比べれば、どこかほのぼのとした雰囲気が漂っている。なかには自由奔放な人もいるし、殺伐とした話も出てくるけれど、全体的にはみんなどこかで「心」を大切にしていたのが読み取れる。

 では同じ頃、僕はどんな作品を撮っていたんだろうと作品リストを繰ってみた。「ザ・面接」や「淫女隊」はこの頃もコンスタントに撮っているのだが、それらに交じって平成10年~12年の3年間に4本だけ撮ったシリーズがある。「お固い女性がビデオに出る理由」である。そのなかに名門女子大4年生を撮ったものがあり、今回はそれについて少し書いてみたい。

 このシリーズに登場するのは、「え? まさかこんな子がビデオに出るの!?」という女性である。アダルトビデオとは縁の遠いぜんぜん違う世界に住んでいるような人。この女子大生もそうだった。タイトルにつけた「名門女子大」というのは伊達じゃない。しかも学校での成績はつねにトップクラス。

 そんな女性がリスクを冒して、なんでビデオに出るのだろうか? お金に困っているわけではない。というのも、実家がレストランを何軒も経営していて、こっちがお小遣いをもらいたくなるような生活をしているのだから。

 ならば、なぜ出るのか? 事前の監督面接の際、美人だし頭もよく何不自由のない人生を送ってきたかに見える彼女も、じつは自分を殺し、いろんなものを詰め込んで、本当の自分は窒息状態だったのではないかと僕は思った。出演動機を訊いても漠然としているが、自分でもはっきりわかっていないところで、潜在意識に溜め込まれたものが行動を起こさせたのではないかと。

 撮影の前日、彼女と2人で千葉の人里離れた農家に移動した。明日には男優も来て撮影が始まる。彼女と話していると「自分を壊したい」「自分を変えたい」という思いが見え隠れする。だが、そういう願望があっても、このまま撮れば結局これまでと変わらぬ彼女が、主体性のないセックスを演じることになるだろう。

 「あなたがいちばん見せたくないところを僕は見たいんだ、ビデオっていうのはそこを撮るんだよ」「自分を変えたいなら、あなたが隠してきたもの、ないように振る舞ってきたものをまず見せないと」「そこが変わらないと、なにも始まらないよ」。僕の言葉を彼女は理解したんだろうと思う。

 明けて撮影当日の朝。とつぜん彼女が生理になった。本人も予想外だったようだが、彼女の中で何かが大きく動いているのだ。「あなたが何を言おうと、始まったら僕は人格変わるからね」と告げるところからこの作品は始まる。そしていきなり目かくしをし、そのまま男優の待つ別棟へと助監督に連れていかせる。これまで社会に合わせて生きてきた彼女に、ビデオでは主体性をもって何かを体験してほしかった。

 前夜の話を彼女は理解したし、この監督は私を貶(おとし)めたりしないという信頼関係も築けたと思っているが、人が変わるのは簡単ではない。ふつうに男優を紹介して愛撫が始まり……というのでは、ビデオとはこういうものだというレールにただ乗っかるだけになってしまう。彼女の中の既成概念をまず壊さなければならなかった。

 視界を閉ざされ、部屋の状況もわからぬまま、市原と片山がアプローチをかけてゆく……。これは撮影の途中でわかったことだが、彼女は就活に失敗していた。50社近く受けたものの、全部ダメだった。就職セミナーに通い、たくさん本を読み、筆記対策の論文講座を受講し、先輩たちの話もよく聞いた。けれども、ダメだった。それまでずっと持ち続けてきたエリート意識はズタズタにされ、彼女の言葉を借りれば自分の存在そのものを否定されたかのようだった。私は大学院に進むのよ、ということで辛うじて体面を保っている。

 そんな彼女が片山とセックスするなかでだんだん変わってゆく。1回目のセックスが終わり、片山と2人で風呂に入っているとき、窓を開けてカメラを向けた僕に「プライベートだから撮らないで」と彼女が言う。女優と男優の枠を超えて、2人はいい感じなのである。こうなってくると、セックスでも彼女が本当にしたいことが出てくる。

 最後の晩は、彼女と片山を奥の部屋に入れて襖(ふすま)を閉め、その隙間から一貫して撮っている。フェラチオも能動的で、彼女のほうが主導権を握っている。僕はファインダー越しにそれを見ながら、ああ、この子はもう自立できたよなぁと思った。

 自分を信じていない子は、決して乱れることをしない。男の前で乱れに乱れ、それこそ内臓までさらけ出すように乱れたとき、なぜか自己への信頼が起きる。それは相手とつながる回路でもあるのだから、セックスのみならず就職のほうだって、多くの企業が、主体性をもった貴重な人材と見なすに違いないのである。
2019年05月31日