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アテナ映像

週刊代々木忠

「うつ」の頃
  心療内科や精神科では、セロトニン系に作用する薬物療法が鬱病治療の主流のようである。たとえば、シナプスから放出されたセロトニンが再取り込みされてしまわないようにすれば、鬱病は改善するんだと図に描いて説明されたりすると、なるほど、そのメカニズムはわかったような気になる。

 でも、昨夏までの5年間、鬱にもがき苦しんでいた頃の僕は「なぜ鬱になったのだろう?」「そこにはどんな意味があるのだろう?」と心のどこかでずっと考えていた。医者は「ストレスだとか、そこはまぁ、いろいろ個人差があるからね」と言うが、僕は自分が納得できるような"鬱の原因"を探し求めていたのである。

 僕自身、催眠や呼吸によって女の子をトランス状態に誘導してきたけれど、ネガティブな感情を閉じ込めている子は、トランスに入ったとき、閉じ込めたそれらと共鳴してネガティブになっていくのを数え切れないくらい見てきた。

 鬱病というのも、ひょっとしたらそれと同じではないのかという仮説が自分の中に立っていった。つまり、いろんなストレスや疲れが溜まってきて活力が落ちたとき、ふだんなら心の奥に閉じ込めているネガティブなものを抑える力も弱まって、それらが一気に溢れ出てきているんじゃないかと。

 では、僕がふだん閉じ込めていたネガティブなものとは、いったい何だろう?

 すぐに思い当たったのは、幼い頃に負った心の傷だ。このブログの第1回目にも書いたが、僕は3歳で母を亡くし、父は仕事の関係で長いこと家を空けていたから、その間、親戚の家を転々とした。そして、待ちに待った父が帰ってきたときには僕の知らない新しい母も一緒だった......。でも、僕にはそのときの自分の本当の気持ちを父にも母にも言えなかった。成長してからも、屈辱感や体がふるえるほどの怒りの感情を分離し、閉じ込めてきた。

 そういう溜まっている感情を今、自分自身が受け取っているってことじゃあないだろうか。僕は鬱をそう解釈したのだった。

 もちろんそこに至るまでには、それなりの時間が必要だったが、自分の中で鬱の原因が見えてくると、いくぶん気分も落ち着いてきたように思う。これで少しだけ前に進めるような気がした。

 とはいえ、気分的にラクな状況ばかりではない。前回のブログで紹介したように、トイレすら誰か代わりに行ってほしいというときもあった。健康な人でもだるさを感じることはあるが、鬱はその100倍だるい。そして孤独感。寂しさ。本当はなんにも寂しくないはずなのに、みんなと一緒にいても寂しいのである。そんなつらい状態が、鬱であった5年間の比率でいえば8割方を占めていたような気がする。

 あるとき、上の娘が鬱のことをネットでいろいろ調べて、「お父さん、泳ぎに行こうよ! 泳ぐの好きでしょ」と誘ってくれた。そのころ娘はすでに結婚していたが、まだ子どもが生まれる前だったので、自分の家から下に水着を着て、実家にいる僕を誘いにやってきた。娘の心づかいは痛いほど伝わってくる。でも、結局、僕はプールに行くことはできなかった。動けなかったのである。

 そんな日々の中で、「ラクになりたい!」とはずっと思っていたけれど、「死にたい!」と思ったことは、不思議と一度もなかった。ここでいったん死んで、現世がラクになったとしても、どっちみち来世でもう一度同じ課題と向き合うことになるんだからと、僕はつねに感じていた。死んでも、結果的にラクにはなれない。つまり僕にとって、死は逃げ道にもならなかったのである。

 ある日、昔の友達から久しぶりに電話がかかってきた。「たまにはお茶でも飲もうよ」と彼が言う。仲のいいやつだったので「いや、実は鬱で......」と伝えた。すると「そんなの一発で治るところがあるからさ」などと、調子のいいことを言う。「ありがとう。気持ちだけはいただいておく」と、娘のプール同様、僕は断った。

 ところが、あくる日も電話があって「オレ、今から迎えに行くよ」。さすがにそれじゃあ悪いと思い、「わかった。その医院の場所を教えてくれたら、僕から行くよ」と答えた。「じゃあ、待ち合わせして一緒に行こう」と彼が言い、その日のうちにH先生のところに行くことになった。

 ただし、連れていかれたのは歯科医院である。僕は歯が痛いわけではない。なんで歯医者に連れてくるんだろう? 7つの治療台がずらっと並んだ治療室を通過して別室に入ると、H先生から「そこに寝て」って言われ、僕はそのとおりにした。先生は仰向けになった僕を見るなり、「消化器系と泌尿器系がもうボロボロだな」と言う。「体が複雑怪奇に捩れているよ」とも。先生が指摘した「消化器系と泌尿器系が悪い」というのは、ピタリと当たっていた。

 先生によれば、僕の場合、左足が極端に外側に開いている。外股に歩くというのは、そのぶん股関節がずれる。そのずれによって骨盤の位置が高くなる。そして体はバランスを取ろうとして右の肩が入ってくる。こうして背骨が歪む。背骨が歪むと、ある神経を痛め、その臓器に問題が出てくるという診断だった。体の歪みを元に戻してやれば、ホルモンのバランスも、血流も、気の流れもよくなるというわけである。

 これを読んでくれている人は、なんで歯医者さんがそこまでするんだ? と引きつづき疑問なはずだ。そこを書いておくと、H先生が施術しているのは、磯谷式力学療法というものである。では、なぜ磯谷式力学療法を施術しているのかといえば、H先生は柔道整復師の故 磯谷公良氏のお弟子さんの一人であり、磯谷理論を本にするのを長い間手伝っていらっしゃる。

 初日の診察で僕はさっそく股関節の矯正をしてもらったが、これがとにかく痛い。どのくらい痛いかというと、やっているH先生が憎いくらい痛いのだ。これは、もう無理だと思った。こんなの、とても続けられない。ところが先生は「本当に治したいなら、しばらくは毎日来なさい」と言う。

 そうは言われてもなぁ......と僕は思っていたが、帰り道、不思議なことが起こった。腹がとても空いていたのである。鬱では食欲もない。僕はそれまで心療内科でもらったエンシュア・リキッドという液体栄養で、ろくに食事もしていなかったくらいだ。それが、この空腹感。僕は痛い治療を真面目に続けてみようかと思いはじめていた。

 心と体は互いに密接に関連している。股関節の矯正によって骨格が正常に戻っていくのと、精神面の改善は、けっして無関係ではなかったと思う。さらには、鬱になる前から始めていた呼吸法を鬱の間も続けていたから、これも快方へのひとつの要因になったように思える。

 先に「鬱とは、ふだんなら心の奥に閉じ込めているネガティブなものを抑える力も弱まって、それらが一気に溢れ出てきているんじゃないか」と書いたが、体がいいほうに向かっていくと、「ネガティブなものが溢れてきているのは、その感情を受け取る準備ができたからじゃあないのか」と思うようになっていった。たとえば幼い頃の満たされない思いを、今の自分が受け取り、それを理解してやることで、負った心の傷を癒し、自分で自分を中和しようとしているのではないかと。もちろん、すべてを中和できたとは言えないけれど。

 5年間の鬱は、僕にとってきっと必要だったのである。

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個室だった編集室を出て、今はオープンフロアに置かれた自分の机で編集をしている。

2009年11月27日