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アテナ映像

週刊代々木忠

『つながる』読書会
  去る9月23日、拙著『つながる』(祥伝社刊および新潮文庫)の読書会が都内で開かれた。主催したのはヨガインストラクターのsawako先生で、ゲストとして面接軍団から市原隊長と森林くんも参加した。後日、森くんから読書会の映像を見せてもらった。

 映像の中で、壇上の3人が順番に『つながる』を朗読している。たとえば、オーガズムを体験したときの女の子たちの言葉をsawako先生が読み上げる。自分と相手が溶け合う一体感のくだりである。次に膣トレの話に移り、中派・外派について森くんが説明する。外派はクリトリスでイクことだが、森くんは「クリトリスとペニスの亀頭は同じ構造になっていて海綿体でできています。だから女の子にもクリ勃起や朝勃ちがあるし、クリトリスを刺激してイクのと男性器を刺激してイクのは、体に起こる変化としては同じなんです」と。

 隊長はクリイキをAVの現場に絡めて「男優の発射前に女の子がイカないと盛り上がらないんで、男優がクリをさわり出したり、女の子のお腹の辺りを押さえてGスポットにチンチンが当たるようにしたりと、バタバタ忙しいんだよね。これ、代々木組ではやってほしくないし、本来はチンチンだけでいいと思うんですよ」と笑わせながら、肝心なところは押さえていく。

 このように『つながる』の中には書かれていないところまで膨らませ、和気藹々(わきあいあい)としたムードの中で会は進んでいく。3人それぞれが自分の得意な分野を講義していくのである。僕は読書会というものに出たことがないけれど、一般的な読書会が本の読み合わせや読後の感想を語り合うものだとすれば、今回の読書会がちょっと違っていたのは、本に書かれている呼吸法の実践コーナーがあったことだ。

 sawako先生は、ヨガを教えているだけあって呼吸誘導が上手い。まずは呼吸に入る前、「仰向けに寝たら少し肩甲骨を下にさげるように意識してみてください」「背中がべたーっと床に広がっていくような感覚を自分の中で探してみてください」。次に目を閉じて、自分の呼吸に意識を向かわせ、「呼吸が進むにつれて、足の指先から徐々に体がくつろいできます」「足の裏」「くるぶし」「ふくらはぎ」「すね」「膝」……。「手の指先1本1本がリラックスしてきます」「口のまわりの筋肉が緩んできます」……。

 「~してみてください」と言ったのは最初の2つだけで、あとは「くつろいできます」「緩んできます」のように「~します」という言い方。しかも「くつろいできます」は「足の指先」から始まるが、あとは体の部位をあげるだけだ。この「~します」という言い方は、催眠誘導における暗示と同じである。暗示が入ると、考えるモードから感じるモードへ移行する。

 そして、いよいよ呼吸法に入るわけだが、ステップ1は深い腹式呼吸。sawako先生は最初にゆっくり息を全部吐き出させてから「吸って、1、2、3、4、5、吐いて、2、3、4、5、吸って、2、3、4、5、吐いて、2、3、4、5」とリズミカルに長息を誘導する。長息が終わるとすぐに次には行かず、しばらく間がある。数をかぞえつつ呼吸をしていれば、思考が入り込む余地はないけれど、間があくと人は何かを考えはじめる。だが、ここでも彼女は「今、体に広がる呼吸の余韻を少し味わっていきます」と言う。長息によって気血の流れはよくなり、やる前とは明らかに体の感覚が違っているはずだ。それを「味わっていきます」と。感じるモードはキープされたままである。

 ステップ2は一転して短くパワフルな呼吸。まず先生が手本を見せる。ヨガでは短息を「火の呼吸」と呼ぶそうである。最初は10回。ちょっと間を置いて20回。そして間を置いて次も20回というように……。短息は長息にもまして考える余裕などない。短息をしている限り、思考は必ず落ちている。ただ、今回の短息は比較的短い時間だった。長時間やらない理由として、彼女はトラウマが出てくる可能性があるという説明もしている。もし1対1ならトラウマが出ても対処は可能だろうが、相手が大人数となれば対応できなくなる。

 本ではステップ3として性器呼吸(あげまん呼吸)を紹介しているが、読書会で、これは行なわれなかった。僕としては見てみたい気もしたのだが……。その日初めて会った人たちもいるオープンスペースで、エクスタシーを感じてしまう性器呼吸はやはりそぐわないとsawako先生が判断したのだろう。いや、そればかりではなく、本当にエクスタシーまで行こうとすれば、ステップ2の短息をギリギリのところまでやって追い込んでいかなければならないことを、きっと彼女はわかっていたはずである。

 それはともかく、今回のsawako先生誘導の実践では、受動性と能動性がじつに効果的に作用していたと思う。瞑想は受動的であり、呼吸法は能動的だ。彼女から誘導されているとき、参加した人たちは前述のように感じるモードになり、その暗示と同化していた。これはもう瞑想である。そして、日ごろは意識していない呼吸を自らの意思で能動的に行なった。呼吸法の実践が終わって、座っていた元の場所にみんなが戻ったとき、壇上のsawako先生は「なんか、みなさん近づいてくるような気がする!」と言う。隊長も「ちょっとパワーが凄いよ、さっきとぜんぜん違う。こんな変わるんや!」と。

 人は社会が作り出した価値観に捕らわれているし縛られている。それらは思考が生み出した、目に見えない檻(おり)と言えなくもない。もし檻から出られれば本来の自分らしく生きられるはずだが、出たいと思っても、それもまた思考であり、堂々巡りに陥って檻の外には出られない。では、どうしたらいいのか?

 方便(ほうべん)という言葉は、もともと仏教用語で「真理に誘い入れるために仮に設けた教え」という意味である。大雑把に言ってしまえば「本当はAを目指すべきところなのだが、あえてAは意識させずに、Bのほうを目指させる」ということだ。sawako先生の誘導で呼吸法を実践していたとき、参加した人たちは結果として思考の檻から自由になっていた。11月24日の第2回読書会に期待している。
2019年10月04日