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アテナ映像

週刊代々木忠

どうしたらイケるのか?
 

  新年あけましておめでとうございます。このブログを始めてちょうど1カ月。今年もいろいろなことが起こりそうな予感がしますが、今後は社会的な動きもときには絡めつつ書いていけたらと思っています。もっとも、社会性のない人間の書く文章なので行儀はよくないと思いますが、そこは大目に見てやってください。


 さて、前回からの続きで、どうしたらイケるのか? これはビデオに出る女の子たちからも、よく訊かれる質問だ。彼女たちの中には、フィジカルなテクニックのようなものをイメージしている子もいるが、こうすればオーガズムを体験できるというようなマニュアルはない。

 いや、それ以前に、これがオーガズムだと言葉で説明することすら、なかなか難しい。なぜならば、オーガズムとはそれを体験した人にしかわからないものだから。そこで、最初にこんなエピソードから紹介しよう。


 事前の面接で「イッたことがない」と言うある女性(33歳)は、こんな経歴の持ち主である。エステティシャン→美容師→コンパニオン→キャバクラ→クラブ。彼女がたどったこの5つの仕事に共通しているのは、すべて接客業だということ。


 面接のあいだ、彼女はずっと作り笑顔をくずさない。僕には、彼女の素顔というものが最後まで見えてこなかった。そして本人も、作り笑顔が本当の自分だと思ってしまっている。


 だから男とセックスをしても、そのモードから外れることがない。相手にサービスしようとする自分が身についてしまっているのである。彼女がずっと接客業を選んできたのも、常に人とふれ合いたいという心の表われだろうと思う。ぬくもりが欲しいのだ。それには彼女の過去の何らかの体験が影響しているのだろう。ひょっとしたら求めても得られなかった、幼き日の孤独感なのかもしれない。彼女のビデオ出演動機は「セックスでイッてみたい」というものだった。


 撮影の前日、彼女を事務所に呼んでいろいろ話をしてみたが、なかなか心が開かない。彼女は真面目な性格で、社会性が強い。僕には、彼女の中でその強固な社会性と本能が戦っているように映った。


 彼女の場合、社会性のほうが圧倒的に強く、本能を押さえ込んでしまっている。セックスは本能でするものだから、それが押さえ込まれていたら、はなからセックスにはならない。相手と向き合うよりも、自分の中の戦いにエネルギーを費やしてしまっているのだから。「君、なにもしなくても疲れるでしょ?」と言ったら、「そうなんですよ」と力なく笑った。


 そこで、僕は彼女にこんな話をした。


 オーガズムというのは、ある意味、社会が死ぬってこと。だから努力じゃなくて「ねえ、監督、ここを舐めてほしい」って言えばいい。ただそれだけのことなんだよ。でも、なかなか君はそれが言えない。アダルトビデオはいやらしいことをする所なんだよ。していい場所なんだよ。だから、そこに座って、股を開いて、パンツの上からでもいいから「ねえ、監督、ここをさわってほしい、舐めてほしいの」って、ただそれだけ言えばいい。ホントは舐めてほしいっての、あるだろ?(彼女は「はい、あります」と答えた)。じゃあ、言ってみなよ。簡単でしょう。


 文章にまとめると短いが、上のような論旨の話を、現場でのいろんなエピソードも交えつつ、あの手この手で夜中まで、僕は彼女に語りつづけた。


 ところが言えない。なにも道行く見知らぬ女性をつかまえて、いきなりオーガズムについて説いているのではない。アダルトビデオに出たいという女の子に、しかも「セックスでイキたい」と言っている本人に話しているのである。


 でも、僕には彼女が言えない理由もよくわかる。彼女も頭では僕の言ったことを理解している。理解しているのに、できないのだ。


 オーガズムとは、自分を明け渡すことである。自分のいいところだけを見せるのではなく、人にいちばん見られたくないところも含めてすべてを相手に明け渡してしまうこと。

 たとえば、好きな人と一緒にいるとドキドキするし、体が熱くなってくる。そのドキドキのまま、セックスで心を開いてしまえばいいのだが、好きな人なだけに、なかなか素の自分を出すのが怖いという思いも同時に生じてくる。


 「こんなことしたら嫌われるんじゃないか」とか「本気出したら引かれちゃうかもしれない」という怖さ。それは自分が知らず知らずのうちに身につけてきた社会性が壊れていく恐怖でもある。


 そのへんのリスクも計算しつつ、自分のスタンスをつい推し量ってしまう。でも計算があるかぎり、オーガズムは起こらないのだと思う。


 社会性は学校や会社で生きていくためには確かに重要だ。でも、セックスのときにはそれが邪魔をする。前戯というのは、社会性をどれだけ捨てられるかという作業でもある。「オマンコ、舐めてぇ!」と言うことだって、人によっては大きな効果がある。なんせ取り返しのつかないことを言ってしまうわけだから。社会性が全部落ちたときに、今まで自分を縛っていたものから解放される。


 解放された思いは気の流れをよくし、心から出て、相手と溶け合い一体となる。抽象的な表現になってしまうが、それがオーガズムではないかと僕は思っている。


 実際にビデオの中でオーガズムを体験した女の子たちは、そのときの感覚を次のような言葉で表現してくれた。


 「相手の体が自分の体」
 「人間の手と手は合体しないけど、水とジュースは混ざり合うでしょ」
 「男って私。きょうまで私は自分を敵にまわしていた。男の人も女の人も、私なんだ。私だから一体になって当然なんです」


 逆にセックスでイケない子は、最後の最後で心を開けない。開けないのには、その子なりの何か理由があるはずだが、その理由を本人がはっきりと意識しているとはかぎらない。生きていれば、だれでもトラウマの1つや2つはあるだろう。往々にしてそれらの過去は、無意識の世界に閉じ込められている。自分がイキそうになったときに、無意識の中に閉じ込めた何かが抵抗して心を閉ざしてしまう。


 心が閉じると、気の流れもうまく回らなくなる。気の行き場所がないのだ。イキそうでイケない子は、みな一様に苦しそうな表情になる。外に出て相手と交わりたい思いが、心をブロックすることでせき止められ、出る場所を探してもがき苦しんでいるように僕には見える。


 前回書いた、イキそうになると「オシッコが漏れそうっ!」というのも、そんな感情が体に及ぼすひとつの形なのではないだろうか。そして潮吹きにも、同様のことが言えるのではないかと、僕には思えて仕方がないのである。

 

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オーガズムは心の窓が全開の状態

2009年01月01日