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週刊代々木忠

セックスで邪魔になるもの
  折にふれて紹介してきたが、ここ何年かは仏教や禅の本を読むことが多い。その中で語られる教えのいくつかは、セックスの要諦とも不思議と符合する。今回は「ザ・面接VOL.165」のエピソードとからめて書いてみたい。

 まずは「放下著」。これで「ほうげじゃく」と読む。意味は「捨て去ること」。

 こんな話がある。禅の修行では、執着や煩悩を捨て去れと言われる。一人の修行者が師に問う。「私はすべて捨て去り、なにも持っていませんが、この先、どう修行したらよいでしょう?」。問われた師の答えは「放下著」。つまり「捨ててしまえ」と。一見要領を得ないこの答えに、修行者は「私はすでに全部捨てました。このうえ何を捨てろとおっしゃるのですか?」。師は「なにもない境地がそんなに大事なら、後生大事にそれを担(かつ)いでいきなさい」と。このひと言で、修行者は真の悟りを得たという話である。つまり、修行を重ねてやっと手に入れたその悟りさえも、最後は捨ててしまえと。

 では、セックスではどうなのか? 前回のブログ(アーカイブス079)のコメント欄にも書いた女の子だが、「ザ・面接VOL.165」で彼女(26歳)はトップバッターとして登場する。これまで出演したビデオは40本。現場の様子を市原から訊かれ、「気ぃつかっちゃって、撮影中とかもカメラとか、台本とか、頭にいっぱい入れて、そっちばっか気ぃつかっちゃって……自分自身が楽しめてないです」と言う。

 気づかいがセックスで要らないものだということは、彼女自身もわかっている。実際、現場のセックスでイッたことはなく、「物足りなさと消化不良を抱えて帰る」と彼女は言う。なぜこうなってしまうのだろう?

 現場でどうすべきかを、彼女が知っているからである。40本も出ているので、カメラの位置によって自分をどう見せなければならないかとか、台本において絶対に飛ばしてはならないセリフは何かとか、そういう知識が身についている。

 『ティク・ナット・ハンの般若心経』(馬籠久美子訳、野草社刊)の中で、ティク・ナット・ハンは次のように説く。

 〈仏教では二種類の妨げるものがあります。「所知障(しょちしょう)」――知識による妨げと、「煩悩障(ぼんのうしょう)」――苦悩による妨げです〉

 現場の知識を身につけたがゆえに気をつかい、それがセックスの妨げとなっているのは、まさに「所知障(しょちしょう)」と言える。セックスにまつわる様々な情報が巷(ちまた)に溢れているが、こうすれば女が悦ぶとか、男が満足するとか、そういった情報を鵜呑みにし、セックスの最中もその知識に縛られ、肝心の相手と向き合えていないのも「所知障」と言えるだろう。

 一方、「煩悩障(ぼんのうしょう)」――苦悩がセックスを妨げるケースも、僕は現場でたくさん見てきた。たとえば、極端な例としては近親相姦やレイプを体験して男がもう信じられなくなっていたり、同時に自分を責めていたり……。そこまでではなくても、過去の何らかのトラウマが、セックスで自分を明け渡せなくしているケースは数え切れないほどある。いや、心が無傷な人間など、ほとんどいないのかもしれない。

 つまり、セックスでイケない原因は「知識による妨げ」と「心の傷による妨げ」、突きつめればこの2つに集約されるのである。

 同じ「ザ・面接VOL.165」で最後に登場した女性(39歳)にも、心の傷は存在していた。くり返しになるが、人は多かれ少なかれ心に傷を負っている。それがセックスでイケない原因にもなる。この傷はどうすれば癒えるのだろうか?

 仏教に「慈悲」という概念がある。仏や菩薩が人々に「楽を与え(慈)、苦を除く(悲)」ことだと言われている。これを「抜苦与楽(ばっくよらく)」とも言う。対して、ふだん僕らが使う「慈悲」は「いつくしみ、あわれむ」という意味だが、「慈悲深い」と言えば「情け深い」となる。

 話を「ザ・面接」に戻そう。最後に登場した女性と向き合った銀次は、まさに「抜苦与楽(ばっくよらく)」を体現してみせた。それは頭で理解したからできるものではなく、体験を通して身につけた長年のありようとでも言うべきものかもしれない。

 セックスが終わり、銀次と抱き合ったまま、彼女は涙を流した。涙のわけを問う僕に彼女はこう言った。「今まで愛されたセックスしたことなかったから。だから、この場だけでも好きでいてくれて……うれしかった」。

 エキストラたちも感動するなか、彼女はすかさず森林のところへ行く。それもエキストラの1人がずっと咥え、まさにこれから始まろうとしている森のところへ……。「さっきの涙は何だったの!?」と思わず僕は口にした。エキストラも「謎!?」と言っている。

 当の本人は「謎」について語らないのだけれど、初めて彼女は主体的に行動を起こして男を求めたんじゃないかと僕は思う。彼女が涙を流す前、銀次とこんなやりとりがあった。「早すぎて満足できてないでしょ?」と訊く銀次に、「心が満足した」と微笑む彼女。「ほんと? 大丈夫?」と訊かれて、彼女がうなずく。「よかった」と言う銀次に、彼女は「ありがとう」と言って涙を流した。

 銀次は、体がイッてないとわかっていた。だが「心が満足した」という彼女の言葉は、銀次をフォローするためのリップサービスではない。本当に満足したのだ、心のほうは。「結婚して10年間、一度も夫とセックスしていない」と言う彼女が、おそらく初めて男を受け入れたのだろうし、「こういう男もいるんだ」とあそこで体験したはずだ。そして閉じていた何かが開いた。

 本来の自分を取り戻した彼女の本能は、いちばんオスの匂いがする森林に向かい、絡みつき、股を開いた。そして森林とのセックスで体の痙攣が止まらないほど、今度は本当にイキまくる。そこには「煩悩障」も、もちろん「所知障」も、セックスを邪魔するものは、もはや何ひとつなかったのである。
2010年02月14日