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アテナ映像

週刊代々木忠

明け渡すということ
 これまで「明け渡す」という言葉をよく使ってきた。ビデオを撮りはじめて、どうすればセックスで本当にイケるのかを追い求めていた時代があった。現場で見えてきたイクための方法論。そのひとつが「明け渡す」である。僕としてはいちばん的を射ている表現に思えた。

 何を明け渡すのかと言えば、もちろん「自分を」である。ただ、今ふり返ってみるに、これだけではちょっと不親切な気もしている。なぜならば「明け渡す」には段階があるからだ。大きく分けると3つある。

 まず最初の段階で明け渡すべきものとは「社会性」だ。たとえば地位や肩書き、見栄やプライド、そういったものを身にまとったままセックスしても人はイケない。また、セックスに一抹のやましさを覚えていたり、自分が乱れることを嫌悪していれば、やはりイケないのである。

 これらは「社会性」をセックスに持ち込んでいると言える。社会において自分の身を守ってくれる鎧(よろい)を脱ぎ、家庭や学校で教わった倫理観をいったん忘れる。「社会性」を明け渡すとは、そういうことである。

 では、明け渡すとどうなるのだろうか? 少なくとも快感は手に入る。明け渡す前よりも感じるのだ。ただし、ここで得られる快感とは肉体に限ったものであり、言うなれば“相手の体を使ったオナニー”程度のものである。

 なんだよ、せっかく明け渡したのに“相手の体を使ったオナニー”程度って……と思われるだろうか。たしかに「社会性」を明け渡すのが並大抵のことではない人もいる。そういう人にとっては、清水の舞台から飛び降りるような決断だったかもしれない。しかし、明け渡すのが「社会性」だけでは、肉体的な快感は増すものの、セックスの深淵にふれることは決してない。

 たとえば、現場において知的レベルの高い子が「社会性」だけを明け渡した場合、往々にして、言葉は悪いが下品に見える。感じて発する声もどこか動物的だったり機械的だったりする。なぜそうなるのかと言えば、色気や情緒が感じられないからである。

 肉体的な快感だけを覚えると、セックスが快を得るための手段になり、今より強い刺激を求めて、やがては快楽の奴隷になってしまう危険性もはらんでいる。大麻、コカイン、覚醒剤といったドラッグが介在するセックスは、この段階で起きる。

 ゆえに、2つ目が必要になる。それは「心」の明け渡しだ。快楽のみを享受するセックスと違い、そこには恥じらいや葛藤が生まれ、色気や情緒が醸し出される。「心」を明け渡したセックスでは、相手に甘えて、受け身にもなっていく。目合(まぐわい)はこの段階で起き、「幸せ」という言葉が自然に口をついて出る。

 けれども、「心」を明け渡すためには、お互いの信頼関係が前提となってくる。信じられない相手に「心」は開けない。だから僕は撮影に入る前、ラポール作りに時間を費やす。信頼関係が構築できなかった子のセックスは、見る人の心に何も響かないからだ。そして男優には徒労感しか残らない。

 自己肯定感が低い子もなかなか大変だが、もっと大変なのは過去のトラウマを持っている子である。「心」の明け渡しを試みる過程で、顕在意識と潜在意識を隔てる「クリティカル・ファクター」が開けば、本人さえ忘れていた忌まわしい出来事がよみがえってくることがある。

 相手がパニックになったら、こちらは動じないで、手を握ったり、抱きしめたりしながら「いいんだよ、全部出して。そばについているから」と言ってあげよう。お互い覚悟が必要だが、パンドラの箱をあけないことには、セックスも、そしてその先の人生も開けない。

 そして、最後に明け渡すものは「すべて」である。「すべて」を明け渡すと個の自分が溶ける。溶けるから、セックスという行為そのものになっている。「心」を明け渡したときには幸せを感じたが、ここでは感じるのではなく、幸せそのものに自分がなっている。

 ただし、前の2つと違い、明け渡そうと思って明け渡せるものではない。たとえば男優が淫女隊から責められ、焦らされ、のっぴきならないとこまで追い込まれ、もう明け渡すしかなくなったときに起こったように、結果として起きるものだ。

 女の場合は男を責め、その男が明け渡しときに同調し、自分も同じことが起きたケースはあるものの、男の場合は受け身のときにしか「すべて」の明け渡しは起きていない。なぜ逆が起きないのかは、女の特性がもともと受容的であり、そのうえ同調する能力が男よりも優れているからではないかと思われる。

 今回は「明け渡す」の3段階を述べてきた。見方を変えれば「自分」を3つに分けてみたということでもある。それぞれの段階で明け渡す前とは「社会に合わせて生きている偽りの自分」「心の扉に鍵をかけ、内と外を分けている自分」「自分と他者は異なる存在だと思っている自分」と言える。

 だから、自分を強固に守ろうとすれば他者とのつながりはどんどん希薄になり、明け渡してしまえば自他の境界すら消えて幸せになる。これは、なにもセックスに限った話ではないと思うのだが……。





2020年11月06日