年齢認証

あなたは18歳以上ですか?

ここから先は、アダルト商品を扱うアダルトサイトとなります。
18歳未満の方のアクセスは固くお断りします。

閉じる

アテナ映像

週刊代々木忠

女が淫らになるテープ
 いま僕は「女が淫らになるテープ」を再編集している。全部で24タイトルあるこのシリーズの総集編を来年リリースするからである。ご覧になった方ならおわかりだろうが、ヘッドフォンでテープを聴いた女性が文字どおり淫らになってセックスするというシリーズだ。

 なぜこのテープを撮影に使ったのかといえば、それは僕の実験でもあった。社会生活を送るなかで、人は意識せずともいろいろな条件づけを入れられている。クルマに例えれば、社会性に入っているギアを外して、いったんニュートラルに戻したい。ニュートラルとはどこにもギアが入っていない状態、つまり今までの縛りから解放された姿である。テープは聴く者をニュートラルにする。

 ニュートラルにしておいて、次には本能的になるようにテープは誘導していく。誘導された女性はイメージのセックスをすることになる。そのセックスのまさにピークの状態でテープは終わり、聴いている女性は目をあける。欲情したままの彼女は、イメージと現実がボーダーレスの世界で男を求める。そうなれば、社会性に縛られないセックスができるはずだと考えた。果たしてテープがどこまで通用するのか、僕にとってみれば検証の場でもあったのだ。

 このシリーズを撮っていたのは2002年から07年。この頃には、女性たちもアダルトビデオの存在を知っていた。1990年代にはレディコミの中に「AV男優とセックスができる」というコーナーがあり、一般の女性たちが「イクこと」を意識しはじめた時代でもあった。

 かく言う僕も、ビデオに出てセックスするなら、ぜひともイッてほしいなぁと思っていた。イッた女性たちが別人のように変わるさまを、それまで何度も目の当たりにしてきた。イッて何かをつかんでくれれば、女の股ぐらでメシを食ってるという自分の中の後ろめたさが、少しくらいは帳消しになるような気がしていた。

 出演した女性たちが、実際に得たものや気づいたことを何人か紹介しよう。

 最初は、一ノ瀬あかね。20歳。学生。出演理由は「お金も欲しかったし、イッたことがないから」だった。催淫テープを聴いたうえでのセックス。「全部が性感帯になったって感じ」。セックスを終えたあとで彼女はそう語っている。

 続けて「前は半分演技だったかもしれない。気持ちいいフリをしないと、男の人に悪い感じがしてた。声を出してれば『ああ、こいつ気持ちいいのかな』って思うじゃん。自信をなくさせないために、っていうのもあったし……」と。

 そんなあかねが、テープを聴いて男の目を見たら、演技ができなくって、イッたのだ。最後に「イケない女に何かメッセージを!」と求めたら「心です」と言う。「心に見えなかったけどなぁ。『お尻ナメてー!』って痙攣してたよ」と僕が茶化しても、ひとしきり笑ったあとで「心です!」と彼女はくり返した。

 次に、杉浦ふみ香。19歳。学生。ふみ香も出演理由を「イクっていうのが、どんな感じだろうと思って」と言う。「お金を払ってでもイキたい」そうである。イッたあとで彼女は「本当、人生変わる」と言った。「どういうふうに変わるんだろ?」と訊いてみた。

 彼女はこんなふうに説明してくれた。「ずーっと狭い所にいた気がする。違う世界に出ちゃった。踏み出した」。そして「産まれた」と彼女は言った。ちょっと異質にも思える「産まれた」という表現。でもふみ香には、それが今の自分を表わす偽らざる言葉だったのだろう。

 僕は「大事に育ててください。それが母性になるから。それを産まないと母性は開かないんだな。だから、自分の子どもを平気で虐待できるんだね。あなたはきっと自分の子どもを虐待しないよ。自分を産んだからね。おめでとうございました」と彼女に言った。

 そして「イッたら『ギャラ要らない』って言ってたよな!」と言うと、「あっ、言っちゃったー!」という彼女の笑い顔がストップモーションで終わる。

 紹介した2人の女の子はどちらも学生であり、ビデオ初出演だ。言うなれば素人である。一方、すでに200本のビデオに出演しているプロの子もいる。

 七海りあ。24歳。AV女優。「いつも(撮影では)どういうふうにするの?」と訊いたら「まったり、やさしく、イヤラしいお姉さん」と言う。痴女役ということだろう。ふだん現場でしていることを見せてもらうことにした。

 目かくしをした吉村卓を彼女の前に差し出すと、ちゃんと体が覚えてるというか、無駄のない動きで馬乗りになり、自分のアソコを嗅がせたり、卓のオチンチンをシゴいたり、焦らしたり……。そしてイカせる。最後にコンドームを取って、フェラできれいにしてあげて「はい、おしまい」みたいな感じだ。

 りあがお風呂に入っている間、卓に「どうだった?」と訊くと、「きっと男優みたいな感じで、(彼女自身は)気持ちよくないと思う。そういうものが伝わってくる」と。

 風呂から上がった彼女に「(さっきみたいなので)濡れるの?」と訊いた。「濡れない」「じゃあ、痛いよな? ゴムしてると」と言うと「うん、擦れちゃう」と彼女。「セックスでイッたことあるの?」とは訊かなかったけれど、200本やってても温もりを感じるようなセックスはしていないのだろう。

 「今までは見せてもらったけれど、このシリーズは本当の君がイヤラしくなるところを撮りたいんだ」と言って、テープを聴いてもらった。

 聴き終わって、したくてしょうがない彼女に、テープを聴いていた自分の映像を見せた。自分が乱れているところを自分が見る。このときには社会性が落ちている。途中で日比野達郎も入ってきて、モニターを覗き込むと、ひどく恥じらう彼女。

 その後、日比野とセックスをするが、それは現場で初めて体験した“見せるためではないセックス”だった。終わったあと彼女に感想を訊くと「すごい子どもっぽい恥ずかしがり屋……本当の自分を初めて知った」と語った。

 おそらく痴女役にもいろいろな設定があるのだろう。「『きょうはこういうキャラクターです』って(マネージャーから)言われるから、ますますゴチャゴチャになって、自分がいったい何なのかよくわからない」と言っていた彼女。

 日比野とのセックスのあとに卓から求められても、恥ずかしさを隠そうともせず、僕や日比野に助けを求めるその顔は、たしかに幼い子どものようにも見えた。

 彼女たちを撮りながら僕は、みんなこういうセックスができればいいのになぁと思っていた。出演した一人の女の子が言った。「肉体的なものじゃなくって、もっと深く感じるようになって、自分の中だけで終わってたセックスが相手と溶け合う感覚がした。だからすごく気持ちいいし、幸せな気分になる」。

 彼女たちに共通していたのは、素の自分でセックスができたということである。



(*「週刊代々木忠」は年末年始のお休みをいただきます。次に読んでいただけるのは2月5日になります。どうかよい年をお迎えください)

2020年12月25日