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アテナ映像

週刊代々木忠

一隅を照らす
 中村哲さんがアフガニスタンで銃弾に倒れてから1年2カ月になる。中村さん死去のニュースとともに、報道番組は彼の生前の功績を伝えた。ご覧になった方も多いだろう。

 中村さんは医師だ。アフガニスタンに行ったのも医療活動のためだった。だが、大干ばつで農地が干上がり、たくさんの命が奪われるのを目の当たりにする。「水こそが命を救う」と中村さんは砂漠に水を引こうとした。

 彼が掘り進めた用水路は27キロメートルに及び、砂漠は緑豊かな広大な農地へと生まれ変わっていった。今この地では65万人もの人々が自給自足の生活を送れているそうである。

 中村さんは灌漑事業のプロではない。なのに、なぜこんな偉業を成し遂げられたのだろう。中村さんの座右の銘は「照一隅」(一隅を照らす)だったという。「一隅」とは「片すみ」のことだが、そこにはどんな思いが込められていたのか……。

 「一隅を照らす」は、天台宗を開いた最澄が残した言葉である。「径寸十枚非是国宝 照于一隅此則国宝」。「径寸(けいすん)十枚、これ国宝にあらず。一隅を照らす、これすなわち国宝なり」と読む。「径寸」とは「財宝」のことで、「金銀財宝がいくらあったところで、それは国の宝なんかじゃなく、一隅を照らす人こそが宝なんだ」という意味である。

 ちょっと込み入った話になるが、原文「照于一隅」の「于」は、じつは「千」の間違いじゃないかという意見もある。最澄直筆の書を見ると確かに「千」にも読める。もし「千」ならば「一隅を守り、千里を照らす人こそ国の宝だ」となる。「千里を照らす」って「世界をあまねく照らす」みたいで、「片すみ」とは真逆ではないか。

 学がないから、どちらが正しいのか僕にはわからないけれど、中村哲さんが書いた座右の銘は「照一隅」であり、こちらは間違いなく「一隅を照らす」である。

 では「一隅」とは、いったいどこを指しているのだろう。それは「自分が置かれた場所」ではないだろうか。「自分の持ち場でベストを尽くし、そこで輝いてごらん」と。世界全体を照らせる人だって、そりゃあいるだろう。でも、一握りの人だけだ。そうではなく「自分の身のまわりの、世界のほんの片すみだったとしても、そこで光を放てばいいんだよ」と、この言葉は言っているんじゃないだろうか。

 僕はその意味を知ったとき、もっと早くこの言葉に出会えていたら……と思わずにはいられなかった。二十数年前、僕は多重人格の女の子の相談に乗っていた。1人の子の中には複数の人格がいる。それぞれの人格から夜となく昼となく電話がかかってきた。その都度、会話を録音し、ノートに書き起こして、いつ誰と何の話をしたのか覚えておこうとした。まずは彼女たちに信頼してもらえなければ、なにも始まらないと思ったからだ。

 多いときには10人以上の女の子と交流があった。10人×人格の数だから、1日の時間の多くを彼女たちとの対話に割いていた。僕なりに必死だった。なんとかしてこの子たちに立ち直ってもらいたいと。

 ある日、1人の女の子から手紙が届く。彼女は東北大学病院・南病棟の鍵のかかる個室に入れられており、僕に助けを求めてきた。彼女とは一度会って話をしたことがあった。彼女の親族に連絡を取り、僕も行くので病院に集まってほしいと頼んだ。親族の前で彼女からの手紙を読み、親族が交代で看る段取りをつけて、病院から彼女を出した。

 親族を前にして僕はなるべく冷静に対応したつもりだが、病棟に足を踏み入れた途端、心はひどく動揺していた。というのは、南病棟(今は西病棟)は精神科病棟で、そこに入院している人たちの数を知ったからだ。僕の想像をはるかに超えていた。全員が多重人格者ではないものの、宮城県の国立大学病院でこれだけいるということは、日本中には……。

 彼女たちとの交流で、僕は体力的にも精神的にも、もう限界近くまで来ていた。「今までやってきたことって何だったんだろう」と思った。「これじゃあ、ぜんぜん追いつかないじゃないか」と無力感に打ちのめされたのだ。

 もしもそのとき「一隅を照らす」という言葉に出会っていたなら、自分ができることは全体のごく一部だとしても「それでいいんだ」と思えたはずである。いや「それがいいんだ」と思えたかもしれない。

 今は大変な時代である。コロナ禍で職を失ったり、進路変更を余儀なくされたり、「こんなはずじゃなかった」と途方に暮れている人がいるだろう。コロナ収束後、元の生活には戻れない人もいるかもしれない。

 人間だから愚痴をこぼしたくもなれば、弱音を吐きたくもなる。不安に押し潰されそうにも……。そんなとき「一隅を照らす」という言葉を思い出していただきたい。あなたのまわりをあなたが照らせば、たとえ失意の闇の中でも、足元には進むべき道が見えてくるはずである。


2021年02月19日