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アテナ映像

週刊代々木忠

監督引退
  「週刊ポスト」(8月27日発売)に僕の引退に関する記事が出た。ブログが夏休みの間に取材を受け、掲載になった。本来なら自分のブログで先に報告するのが筋なのに、後先になって誠に申し訳ない。

 今回の「監督引退」という見出しを見て、歳も歳だし、さもありなんと思った人もいれば、逆に驚かれた人もいるかもしれない。いずれにしても「なぜ引退するのか」からご報告したい。

 ひと言でいえば「そういう状況になったから」というのが偽らざるところだ。コロナが蔓延して、いまだ収束の目途が立たない。やはりこれが大きい。撮影現場ではどうしても濃厚接触になってしまう。これは説明するまでもないだろう。

 もうひとつは、時代の流れというか変化である。僕が長年住み慣れた場所は、いつの頃からか「AV業界」とか「AV産業」と呼ばれるようになった。業界や産業といわれるほど大きくなると、どうしても経済原理が強く働く。

 そのなかで人間性を無視した撮影が行なわれているという話も耳にしてきた。業界内に「われわれは刺激物を提供している」と公言する者も出てくる。刺激は慣れてしまえば、もはや刺激ではない。だから見る側の欲求を満たそうと思えばエスカレートしていかざるを得ない。

 では、AV業界が大きくなる前、経済原理は働いていなかったのか?と思われる人もいるだろう。仕事である以上、金儲けはみんなの頭の中に大なり小なりあったはずだ。しかし、やっていいことと悪いことの判断も同じく持ち合わせていたのではなかったか。撮るほうも、自分の心が痛むようなことはやっぱりできないと。

 そこには性に関してみんなが無知だったという背景もある。3カ月前「性の知識」という話にも書いたが、かつては性を表現すること自体が犯罪と見なされていた。だからビデオを撮りはじめた頃はまさしく手探り状態であり、「ここまでやっていいのかな?」という自問がいつも現場で湧いたものだ。それが結果的には抑止力にもなっていたような気がする。

 5年ほど前、出演強要をはじめ女性の側から業界に対して訴えが起きた。彼女たちの人権を真剣に考えて動いている弁護士がいる。なかには彼女たちを焚きつけ、飯のタネを探している弁護士もいるのかもしれない。だが、仮にそういう弁護士が混じっていたとしても、作り手側にも行き過ぎた面はあっただろう。

 出演強要問題以降、プロダクションはナーバスになり、メーカー側にも打合せの段階からカメラをまわすところが出てきた。「このように紳士的にやっています」という証明として。女性が出演を承諾するか否かについては、あらかじめ撮影内容が明らかにされなければならない。たとえば「撮影中にセックスは何回あるのか?」「それはどういったセックスなのか?」というように。

 それまでお互いの信頼関係や撮る側の良心という、ある種の曖昧さの中で成り立っていたことが、白黒をはっきりさせなければ成立しなくなったことで、被害に遭う女性は減ったはずだ。けれども、企画書もなければ台本もない、僕自身なにが起きるかわからないような撮り方は、もう通用しなくなったということである。

 女房と娘に監督をやめることを伝えたら「長い間お疲れさまでした」「寂しくなるね」という言葉が返ってきた。僕自身、今の心境がどうかと言えば、達成感にも似た思いと寂しさが同居している。

 達成感のほうは、やることはやったなぁという感じである。映画からビデオに移ったのは1981年だが、ある意味、手つかずの性を表現するという点では時代にも恵まれていたと思う。自分自身の興味に突き動かされ、監督というより1人の男として現場で女性たちと向き合ってきた。すると彼女たちの多くは股ぐらだけでなく心の奥までさらけ出してくれた。それは実際にセックスする以上の関係ではなかったか。40年にわたって、そういう体験をしてこられたのだから思い残すことはない。

 にもかかわらず、その現場はもうないわけだから、寂しくないと言えば嘘になる。出演する女性よりも、男優たちのほうが10年、20年、30年と、つきあいは圧倒的に長い。彼らは友達とは違うし、家族でもない。でもそれに引けを取らないくらい心を通わせ合ってきたと僕は思っている。

 毎回、撮影が始まる前、彼らとはよく話をした。それは前回の現場での出来事についてだったり、その時点で各々が感じていることだったり。それは日常の瑣末なことから性の真髄と思えるものまで多岐にわたった。そうしてそれが今回の現場や次回の現場に活かされることも少なくなかった。

 彼らはカメラの前で、人には見せない「素」の部分を見せてきた。セックスで相手と溶け合うためには、まず自分が開かないことには始まらないのを彼らは知っている。ただ、それは見方を変えれば、彼らが僕に勝負してきたんじゃないかとも思うのだ。「オレは全部見せたよ! で、どうする?」と。

 「代々木忠」という名は彼らによって育てられてきた。そんな彼らと今後現場で会うことはない。二度と張り合えない。それが寂しいのである。


2021年09月03日