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アテナ映像

週刊代々木忠

受動的能動性
  撮影の休憩時間、エキストラの主婦たちと雑談をしていて、よく話題にのぼるのが“マグロ夫”への不満だった。「私が脱がせて、フェラで勃たせて、上に乗って……」「うちもそう。何してあげてもウンでもスンでもなく、まったくマグロなんだから!」と。

 「偉大な仕事は、人が打算的になっておらず、思考していないときになされる」。これは仏教学者・鈴木大拙の言葉である。「偉大な仕事」を「オーガズム」に置き換えれば「オーガズムは、人が打算的になっておらず、思考していないときに起きる」となる。

 「あれ? マグロ夫の話じゃなかったの?」と思われているだろうか。以前にも書いたが、男のオーガズムは受け身のときに限って起きる。しかし受け身といっても、マグロ状態だったら何も起きようがない。今回の話の肝(きも)はここである。受動的な中に能動性がなければならないのだ。

 受動と能動は、言うまでもなく反対の意味だ。「受動的な中の能動性」とは、いったいどういうことなのか?

 男が受け身の体位といえば、騎乗位がその代表格だが、たとえ騎乗位であっても無意識の能動性は垣間見られる。「ザ・面接」シリーズの中で“騎乗位の達人”とか“手抜きの達人”と軍団から茶化された二村ヒトシのセックスは、今回の肝を説明するのにちょうどいい。

 女に跨られ、されるがままでいながら、ヒトシは相手の目を見て「あ~、そこがいい! ○○ちゃん、そこそこ、あ~たまんない!」と喘ぎ、無意識に腰を使っている。今ふり返れば、彼はいつも女の下で喘いでいた。女から攻められながらも、偽らざる本当の自分をさらけ出し、その気持ちよさを相手の目を見てストレートに表現する。受動的能動性のお手本と言える。

 他に男優は何人もいるというのに、エキストラたちはヒトシ一人に群がり、彼の上着を脱がし、ベルトを外して勃起したモノを撫で、シゴき、咥え、もだえるヒトシを押し倒してメスと化すのだった。

 話をオーガズムに戻そう。市原克也はオーガズム後の第一声を「神の声」と呼んだ。「胎内宇宙」という作品の中で、失神から目覚めた姫ゆりの発した「男って私」は、まさに「神の声」のように僕には聞こえた。

 愛した男に捨てられ、妊娠7カ月でお腹の子を堕ろさざるを得なかった彼女は、これまでずっと男を恨んできた。事前のインタビューで「信じられるのは、自分自身とお金しかない」と語っている。

 その彼女がオーガズムのあとに発した「男って私。きょうまで私は自分を敵にまわしてきた。男の人も女の人も、私なんだ。私だから一体になって当然なんです」という言葉は、主体も客体もない「主客未分」の世界で、分別を超えた智慧から発せられたように思える。

 このようにオーガズム体験は、物事の解釈や理解に大転換をもたらし、かつてない気づきを与えてくれる。なぜそうなるのかと言えば、左脳では解決できない問題を、時空を超えた右脳の世界が問題を鳥瞰し、新たな希望を見いだしてくれるからである。これについてはあらためて記そうと思う。

 いずれにしても、マグロ状態と受動的能動性は似て非なるもの、いや、対極に位置するほど違うのである。


2021年09月17日