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アテナ映像

週刊代々木忠

続・今に続く道
  「ザ・オナニー」で学んだのは、僕のほうが先に自分をさらけ出すということだった。監督として命令すれば、不本意ながらも彼女はやってくれるだろう。でもそれは服従であって明け渡しではない。「監督ではなく1人のスケベな中年男のオレが、どうしてもそれを見たいんだ!」とお願いした。

 「いんらん」という本番ものを撮りはじめ、それが「いんらんパフォーマンス」に発展していく。「いんパフォ」では、女の子がやりたいようにやれる状況を作った。セックスにおいて受け身を強いられがちな女性が、ここでは主導権を握る。男優たちには「おまえたちは国民のオモチャだからな!」と伝えた。彼らは僕の考えを理解し、女の子たちの想像を絶する欲望にときには翻弄されたりもした。

 目合う形を撮るようになったとき、失神したり、深いオーガズムが起きた。撮影現場で、それも多くのスタッフがいるにもかかわらずそれが起きるということは、彼女がすべてをさらけ出し、本当に開いている証である。

 女の子を見世物にしてはいないかという後ろめたさが常につきまとうなか、僕の心まで浄化されるような、それは崇高な光景に映った。僕は家に帰って夜ひとり、その子の顔を思い浮かべながら、心の中で手を合わせることが何度もあった。

 多重人格の子たちとの出会いも、僕に大きな影響を与えた。解離した人格同士が中でコミュニケーションを交わすとき、言葉を使ってはいない。自分の中で、思いそのものがダイレクトに伝わる。だが、それは人格間の意思疎通のみならず、僕との会話においても同様だった。

 「監督、ホントはこう思ってるでしょ!」とか、「また、そんなこと言って。今違うこと考えてたでしょ!」などと、僕の心の中を見透かしてしまう。この子たちに嘘をついて、心に新たな傷を作っちゃいけない。僕はできるだけ正直でいようとあらためて思った。

 多重人格の子たちを複数つれて千葉の山の家に行き、数日間ゆっくり過ごすこともあった。お世辞も言わず、思っていることをそのまま口にする時間が流れていく。それはひとたび慣れてしまえば、とてもラクで心地いい体験だった。

 僕は他の女性と事前面接などで接するときにも、この姿勢を心掛けるようになった。僕が心を穏やかにして素直になれば、向こうも自然と素直になってくれる。そうして初めて素顔が見えてくるのである。

 6歳のまいちゃんという人格に言われたことがある。「してあげると逆につらい。おじちゃんがホカホカでいればいいの。かおるお姉ちゃん(別の人格)は必要なだけホカホカを取っていくから」。彼女の言う「ホカホカ」はポジティブで満ち足りた心のありようだ。また別の子の人格からは「あなたがこの人を治せるの? あなたが幸せでいなさい」と諭(さと)されることもあった。

 この2人は僕が彼女たちを知っているだけで、互いには会ったこともない関係だが、同じことを言っている。そしてそれが真理だと僕には思えた。

 僕は企画と呼ばれるプランを先に思い描き、それを実現すべく撮影するという手法を取ったことがない。あるときは人に勧められるまま、あるときは現実の壁にぶち当たり苦肉の策として……。いつもどんな作品になるのか、僕自身がわかっていない。だからこそ、ドキドキしたし、ウキウキもした。

 ただし、この方法だと失敗もする。ときには痛い目にも遭う。でもそのリスクをあらかじめ回避して無難な道を歩むよりは、自分の好奇心のおもむくまま、行く先もわからぬ旅を続けるような生き方のほうが性(しょう)に合っている。

 僭越ながら、読者のみなさんも先を憂うより、どうか今を楽しんでいただきたいと心から願う。以前にも書いたが、「学歴がない、資格もない、前科はあるけど、小指がない」僕でさえ、この歳までこうして生きてこられたのだから、恐るるなかれである。

 無心で何かに打ち込んでいるときには、自分の足りない部分を補い、助けてくれる存在に出会うものである。これまで40年間の作品づくりは、まさにその連続であった。そして映像はまだしも、文章によって自分の思いや考えを人に伝えるのがもともと僕は苦手な人間だ。このブログは2008年12月にスタートしたが、拙著『プラトニック・アニマル』の担当編集者が、このブログもまた編集してくれている。

 突然で驚かれる方もいるかもしれないが、監督を引退した今、このブログも今回をもって閉じようと思う。13年も続けてこられたのは、言うまでもなく読んでくださる人たちがいたおかげである。最後になって恐縮だが、心からお礼を申し上げたい。


2021年10月29日