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アテナ映像

週刊代々木忠

人生最大の失敗
 

 このブログの読者の方から「監督は自分の好きなことを仕事にしていて羨ましいが、これまでの半生の中で人生最大の失敗とは何か?」という質問をいただいた。


 失敗自体、数え上げたらキリがないけれど、人生最大となると、やはりこれかなと思い当たることがある。カッコをつけず、さりとて露悪的になることなく、うまく書けるかどうかは自信がないが......。

 今から25年くらい前、ヨーロッパ向けの、ボカシのないハードコアを撮らないかという誘いがあった。国内への流通はむろん違法だが、たとえ海外向けでも日本からは出せないということが明らかになる。

 そこで、最初は香港での撮影・制作を考えた。実際に香港にも行ってみた。しかし、現地を視察した感想としては、ちょっと違うかなと思った。それに、1997年には中国への返還が決まっている。中国になったら、ハードコアの制作はきっとできないだろう。

 香港でないとしたら、どこだろう。当時、ヤップにハマッていたこともあり、ミクロネシアの島々に思いを巡らせた。その頃、サイパンは今と違ってなにもない島だった。あるのは海と山。でも、その手つかずの自然が、僕にはなによりの魅力に思えた。そしてサイパンではポルノが解禁されている。

 サイパンの高台、キャピタルヒルの北側に位置する旧日本軍司令部跡地は、サンライズとサンセットの両方が望める場所である。その土地の今の持ち主が、仕事で知り合った現地の知人の甥っ子という関係もあり、その頂(いただき)の約100メートル四方(1万平米)を契約することにした。もっとも、外国人がサイパンの土地を買うことはできないので、55年間のリース契約である。

 ここには、ロケセットの他にスタッフルームやリビング、バー、複数の客室をあわせ持った、南国のエキゾチックな建物を建てようとしていた。ヨーロッパ向けのハードコアの撮影・制作が当初の目的だが、当時は雑誌のグラビア全盛時代だったから、各雑誌の編集部からもスケジュールが埋まるくらい予約が取れていた。

 こうして資金を稼ぎつつ、僕はキャピタルヒルの頂に続く下の土地も買い足そうとしていた。なぜならば、世話になったヤップのガアヤン酋長と交わしたひとつの約束があったからである。

 ちょうどヤップ諸島の中のガアヤン酋長の暮らすマープ島にも貨幣経済が入ってきた頃だったので、みんなお金が必要になっていた。そこで、サイパンのその地に、ヤップをはじめミクロネシアの島々の踊りや生活様式を見せる村を作れば、サイパン観光の目玉になり得るのではないか。そうすれば、マープ島の人々にも幾ばくかの報酬を手にしてもらえるのではないか、僕はそう考えていた。

 その計画はサイパン観光局にも話を通し、こちらが想像した以上に歓迎された。地下水脈の地図まで提供してくれたほどである。

 建物は大方できあがっていたが、完成まであと少しという段になって、サイパンがブームになりはじめた。それ自体はいいのだが、大きなホテルの建設ラッシュが始まる。すると、ほとんど輸入に頼っていた建築資材がまったく回ってこなくなった。最初に発注していた仕事も、途中でキャンセルせざるを得なくなり、結局、工期は1年遅れることになる。

 そうこうしているうちに、下の土地をカナダから買い付けに来ていて、そこにホテルを建てるという話が舞い込んできた。「で、どうするんだ?」と地主が迫る。そこに大きなホテルを建てられては、せっかくのロケーションが台無しになってしまう。それに、キャピタルヒルの北側の頂を選んだのは、そこが人目から隔絶された場所だからという理由もある。ホテルが建てば子どもたちも来るだろうし、もうポルノは撮れない。

 頂の1万平米の土地と建物を、僕は自己資金でまかなっていた。だが、下の土地はその数倍の面積がある。そこで、分厚い計画書を作り、日本の銀行に融資を申し込んだ。銀行は充分採算が見込めると判断したようで、僕の家と土地を担保に、融資は認められた。

 さっそくサイパンの知人の甥っ子である地主と7年払いの契約を交わし、下の土地も55年間、自由に使えることになり、これでガアヤン酋長との約束も果たせると、僕は胸をなでおろしていた。

 ところが、である。悪いことは重なるというけれど、日本ではバブルが崩壊する。銀行の融資は止まり、さらなる担保を要求してくる。でも、僕は頂の土地・建物で自己資金を使い果たし、なおかつ今回の融資で自分の家・土地を担保に入れているから、もうなにも残っていない。

 結局、資金繰りはショートし、サイパンの土地も建物も、そして村を作る計画も、すべては水泡に帰してしまう。それでも、頂の1万平米の土地とそこに完成していた建物は残るはずだったのだが、下の土地を契約する際、この計画の陣頭指揮を任せていた人間がこんなことを言った。

 「前のやつも2年間得するように契約を一緒にしましたから」。なにげなく言った彼の言葉に、僕は「それはよかったな」とだけ答えていた。彼がそこで言いたかったのは、2年前に契約を済ませていた1万平米の分も、新たに契約する下の土地と一括契約にすれば、どちらも今から55年のリースになるので、頂の土地は同じ金額で通算57年間リースができるという主旨である。

 ところが、よかれと思ってしたこの一括契約が、資金ショートとなれば裏目に出て、もともとあった権利すらも失ってしまったというわけである。僕に残されたものは、数億円の借金だけだった。

(つづく)


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1万平米の土地に建てた施設
2010年02月26日