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アテナ映像

週刊代々木忠

「ザ・コーヴ」
  2009年度、第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した「ザ・コーヴ」という作品が、食文化と動物保護、そして東洋文化と西洋文化の狭間で論議をかもしている。

 400年以上続く和歌山県太地町のイルカ漁と、その食文化を、きわめて狭い視野で、なおかつ稚拙な正義感を振りかざしているにすぎないこの作品が、アカデミー賞だというのだから笑ってしまう。この作品を選んだ審査委員たちにも、少なからずがっかりした。

 この映画を、僕はドキュメンタリー作品と認めることは到底できない。なぜならば、ドキュメンタリー映画に求められる客観性が完全に欠落しているからだ。「日本のイルカ漁はイルカへの虐待」という論旨に短絡し、「このドキュメント作品は啓蒙映画」と主張するに至ってはもう救いようがない。

 「日本人のみならず、生き物のすみかを脅かす人間は、すべて悪人である」とも主張している。「おまえ、なに言ってんの?」って感じである。世間知らずのお坊ちゃまでも、もう少しマシなことを言うだろうに。ましてや、本物のドキュメンタリー作家なら......。

 もう一つ、この作品にたずさわった人たちには、決定的に欠落したものがある。「生あるものは、みな生き物の命をいただいて生きている」という真理への理解だ。

 娯楽のための狩り、ゲーム感覚のハンティングで、数え切れないほどの命を奪い、鯨油を取るためだけにクジラの殺戮をくり返してきた西洋人が、日本の風習や文化についてとやかく言うこと自体、オトトイいらっしゃいである。

 イルカ漁や、伝統的にイルカを食卓にのせてきた文化は、今も日本に少なからずある。その地方の人たちは、きっと言うだろう、「あんたたちが牛を殺して食べているのと同じだよ」と。

 生き物の命について語るのなら、「ザ・コーヴ」の監督であるルイ・シホヨスは生きるということの本質を、体験を通してもっと理解してから出直すといい。

 イルカに限らず、多くの命をいただいて、私たち人間は生きている。命をいただいた生き物を供養するという慣わしも、日本各地にごく当たり前にある。身の程を知る日本人の精神性の深淵を理解するには、「ザ・コーヴ」の制作者たちはあまりにも幼稚すぎるように思われる。

 池や川で獲れたコイやフナを殺して食べ、ヒヨコから育てた鶏を絞めて食べていたことを僕は覚えている。僕だけでなく同世代以上の人たちには、食べるために自らが生き物の命を奪った記憶が残っているはずだ。

 かつて僕はタイの屠殺場を撮影したことがあるが、殺されることを察してか、牛たちは抵抗し、形容しがたい声で哭(な)き、涙を流すのを見た。

 しかし、コイやフナや鶏や牛、いやそれ以外にも食べるために殺された生き物たちの死はどんどん見えなくなり、僕たちが目にすることができるのは、切り身となり元の姿を連想できない肉の一部だったりするのも、また事実だ。

 では、僕たちは命をいただいているという感謝をすっかり忘れてしまったのだろうか?

 僕たちは食事の前に「いただきます」と言う。もちろん料理を作ってくれた人への挨拶でもあり、目の前の食べ物を収穫してくれた人たちに対するお礼でもある。

 ただし「いただきます」とは、もともと仏教(浄土真宗)に由来する言葉である。それは「食材となった動物や植物の命を絶ち、それをいただくことによって、私は自分の命をつなぐことができます」という感謝の意なのである。

 「命をいただきます。それに恥じない生き方をします」。これこそが、身の程を知る日本人の精神性だと僕は思うのだが、みなさんはいかがだろうか。

2010年04月02日