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アテナ映像

週刊代々木忠

多重人格の女性たち(1)
 

 かつて僕は解離性同一性障害、いわゆる多重人格の女性たちと交流を持っていた時期があった。ふり返ればその女性たちの数は20人以上に及び、同時期に8人とやりとりしていたこともあった。

 彼女たちとは直接会ったり、電話で話したり、ファックスや手紙など、コミュニケーションの方法はいくつもあったが、特に電話などの場合、複数の女性の中に複数の人格がいて、さらに人格は途中から増えていったりするものだから、僕のほうでは誰が誰だか混乱しそうになるときがあった。

 きのう電話してきた人格をつい間違えて話していると、相手は傷つき、落ち込んでしまう。このままではダメだと思った僕は、その日、誰と会って(あるいは電話で)どの人格と何を話したかを、テープに録音し書き起こしておくことにした。人数が人数だけにその記録は膨大な量に及ぶが、今回はその中からごく一部をここに掲載しようと思う。なお、名前を仮名にするなど、個人が特定できない配慮をするという条件で、ご本人の承諾はいただいている。




 1998年6月10日(水)PM7:45~PM11:50 井上香奈(仮名)来社

 きのうの電話では、午後5時に来社の約束だった。ミナ(仮名)(筆者注:香奈の中の人格)は6時を過ぎても現われない。「人格の交代が起きたのか...」。そんなことを考えながら、ワープロに向かって盛岡の山内恵美(仮名)の中のチューミク(仮名)との会話録音のテープ起こしを始めた。

 「井上さんという方から電話でーす」。
ミナからだった。アテナ着が午後7時半頃になるという。結局、ミナがアテナに着いたのは7時45分だった。ミナとは初対面だ。スーツ姿の真面目そのものといった女性が入り口に立っていた。挨拶を交わす。無表情に近い。笑顔はない。

 奥のスタジオに通す。会話が弾まない。
ミナは「香奈が監督宛に書いた手紙です」と言って、一枚の用紙をテーブルの上に置いた。手紙に目を通す私を、ミナはずっと観察している。いつもそうだが、初対面の交代人格者が私の内面を探ろうとするときのこの視線には、感情を乱される。

 ☆手紙の内容については、手元にあるのであえてここには詳しく記さないが、殿(筆者注:香奈が好きな相手のニックネーム)が感じている、
ハルカ(仮名)(筆者注:香奈の中の人格)の内面についての感想は、的を射ているという感想をもった。

 香奈からの手紙を読み終えた後も、
ミナは私の内面を探りつづけた。今までの体験を通して言えることだが、いわゆる《中》にいる時間が多い彼女たちは、その内的世界においては会話以外の何かでコミュニケーションをとっている。表の世界においても、他人の内面と同調したり、相手の心の状態を感じ取ったり、読み取ったりすることが多々ある。いつもそうだが、彼女たちと話すとき、私は超能力者を前にしているような気分になる。

 私は一度無になった。お店に行く途中の香奈が川のほとりにたたずんで動かなくなったとき、
ミナが代わって表に出た。昨日の電話でミナはそう言った。私はそのときの状況をもう少し詳しく知りたいと思い、ミナにそのことを訊いてみた。

 「あのとき香奈は川面を見つめ、『この川の深さはどれくらいなんだろう?』、そんなことを考えはじめたんです」。香奈の思いから何か不吉なものを感じ取ったとき、
ミナは咄嗟に表に出ていたと言う。「それに、バッグの中に薬がたくさん入ってるんですよ。ごく最近買ったんだと思います」。

 ミナはそう言って、再度カバンの中からワープロの文字で埋められた10ページほどの用紙を差し出し、「香奈が本にするつもりで綴ったものです。その一部です」。そこには、数年前に香奈の身に起きたレイプ事件と、死を見つめる彼女の内面が、私小説風に綴られていた。

 《ナイフを突きつけられ、犯された》。香奈は警察でそう供述している。香奈が犯されたことは事実だった。しかし《ナイフを突きつけられ》は香奈の創作だったことが、なぜか後半で語られている。そして、死は見事なまでに美化されていた。文章から香奈の死への恐怖感はまったく感じ取れない。本人もそのことを明確にここでは言っている。色とりどりの花に埋もれて死を迎える女。少女マンガか劇画の世界がそこには展開されている。私にはそう映った。見方によっては、死後の世界に希望を託しているようにも受け取れる。

 読み終わった私に、
ミナは感想を求めた。私は内容にふれることをさけた。「......なんか少し寂しい」と答えた。本当にそう思ったからだ。ミナは、私の内面の感情の動きを必死で追っている。何を感じ取ったのだろうか、ミナの表情がなごんだ。

 
ミナは徐々に多弁になっていった。中のファミリーのこと。殿と香奈と店長の関係。あの日以来、香奈とはまったく連絡が取れないと言う。香奈がこのまま表に出てくれなくなったときの生活への不安を訴えた。「私にはヘルスの仕事はできない......。私にできる事務系の仕事はないでしょうか」。このとき初めて感情らしきものが言葉にこもった。

 「もう少し様子を見てみようよ。香奈さん、きっと戻ってくるよ。本のほうも今月中に仕上げるんでしょう?」。「そうですね」。そう言ったまま、
ミナは黙り込んだ。私は言葉を待った。

 「約束の時間に遅れてしまった理由をお話ししなければいけませんよね」。そう言ったまま、
ミナはうつむいた。恥じらいの表情を見せた。初めての感情表現だ。「......きょう、店長と関係したんです。私はずっとジーンズはいていたんです。夜寝るときも......。きょう、ここに来る前に......なぜかしてしまったんです」。私は「よかったじゃない」と素直に言った。なぜなら、ミナはレイプ体験を請け負った人格だと聞いていたからだ。

 しかし、約束の時間に遅れた理由は他にあった。SEXの途中から
ハルカに代わられてしまったと言う。ハルカと交代できたときは、すでに約束の時間をとうに過ぎていたと、ミナは弁解した。ミナの口ぶりから察するに、彼女は店長が気に入ったようだ。「香奈よりも私のほうがリョウさん(店長)との相性はいいのかもしれません」とも言った。

 2時間が過ぎようとする頃、
ミナは「香奈を近くに感じる!」と言い出した。私は、香奈に代わってくれるように頼んでみた。ミナは黙って目を閉じた。ミナの表情が苦しそうに変化した。苦悶の表情は数分続いた。そのときすでに香奈に代わっていたことに私は気がつかなかった。

 コーヒーをすすめた。時間とともに表情がやわらいでいった。そして、いつもの社交的な香奈に戻った。「お久しぶりです」。あらためて挨拶を交わす。香奈は、殿と店長のはざまで揺れる心の内をポツリポツリと語り出した。自分が《中》に入ったことを一種の逃げだと言って、自らを責めた。

 ということは、川での出来事は
ミナと入れ替わるための芝居だったのだろうか。バッグの中の薬も計算のうちだったのだろうか。それとも、死をためらっている最中にあったのか......。香奈の私小説を読んだ直後の私の内面でいろんな思考が交錯する。

 香奈は語り続けた。やさしい《殿》にひかれ、仕事をしない《殿》にいらだちを感じる日々。そして香奈は自分の感情をコントロールできなくなった。それから自分の気持ちをうまく《殿》に伝えられないまま、家を出た。しばらく1人になりたいと思ったと言う。今まで勤めていた店も替わった。新しい職場での店長との出会い。そして同棲。

 今は店長が必要。「でも、生涯をともにできる人は殿なんです」と言い切る香奈。そう言う香奈の言葉と表情から、女の身勝手とは言い切れないものを私は感じた。私は、薬の件、川での出来事について、今の香奈にはふれないほうがいいと判断した。私は、香奈が中に入ったことで、表の世界に慣れていない
ミナが困っていることを伝えた。仕事のときだけでも香奈が表に出るというのはどうかと提案するが、拒否された。ヘルスの仕事は楽しいが、当分は表には出たくないと言う。

 私はこう言ってみた。「
ミナの不安が続くと、中の者たちにも影響を与えるよ」「............」「あなたがどうしても表に出たくないというのなら、中からミナとコミュニケーションをしっかりとるようにしたほうがいいな」。香奈は黙ってうなずいた。

 来月のビデオの仕事はどうするのかと訊くと、そのときは自分が表に出ると言う。しかし、一番ビデオをやりたがっているのは
ハルカだと言う。ハルカの存在は聞いていたが、まだ会ったことがない。もし本当にハルカもビデオに出演するのであれば、私は監督として一度会っておきたいと思った。

 
ハルカに代わってもらうことにした。香奈は黙って目を閉じた。数分後、ハルカが出た。眼光が鋭い。典型的なツッパリの眼をしている。私も目線を外さなかった。それは数分続いた。

 ハルカは私を見据えたまま、香奈が吸っていたテーブルの上のマイルドセブンを手に取った。そして、また元の位置に投げた。バッグからマルボロを取り出し、おもむろに火をつけた。煙は私のほうに向かって吐き出された。意識的にそうしたことは明らかだ。私の反応をうかがう挑発的なハルカの表情からも、それがわかる。

 無言が続く。

 私の中の不良性がよみがえる。私は口火を切った。「
ハルカかい?」。私はあえて"さん付け"をしなかった。返事はない。だが、決して目線は外さない。ハルカ はふたたびタバコの煙を私の顔にむけて静かに吐いた。

 こいつが男だったら、俺の蹴りがみぞおちか顎に決まってるよな......そんなことを考えながら、私は新しいコーヒーを淹れにいったん席を外した。


(つづく)
2010年08月06日