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アテナ映像

週刊代々木忠

自動車保険の功罪
  もう5年以上前の話だが、通勤の途中で事故に遭ったことがある。首都高3号線が空いているとき、僕は用賀から乗って渋谷で降りる。高速を降りてしばらく直進すると、渋谷4丁目の交差点に差しかかる。事故はそこで起こった。

 前方の信号が青なので、直進するクルマは流れている。その流れに乗って僕も交差点に進入したのだが、そのとき対向車線から一台のクルマが右折し、突然目の前に飛び出してきた。僕はその横っ腹に突っ込んだ。僕の左側を並走していたタクシーは、かろうじてハンドルを左に切り、店先に突っ込みそうになって止まった。

 エアバッグが飛び出すほどではなかったものの、僕のクルマのボンネットからは冷却水が漏れていて、右折してきたクルマの前輪はシャフトが折れたのか曲がっていた。ドライバーは20代後半とおぼしき女性である。同乗者はいない。

 流れている対向車線にいきなり右折で突っ込んでくるのも想像を超えているが、それ以上に信じられないことが起きたのは、その後だった。その女性ドライバーは、いっこうにクルマを降りてこようとしないのだ。では、中で何をしているのかというと、ケータイで誰かとずっと話しているのである。

 僕もタクシーの運転手も頭にきて、「とりあえずクルマを降りろ」と言ったのだけれど、ウインドーは閉まったままで、まったく無視された。だから、ますます頭にくる。後からわかったことだが、そのとき彼女は保険会社の担当者と話していたらしい。結局、最後まで詫びの一言はおろか、彼女の声さえ聞くことはなかったのだった。

 僕はこのときのことを思い出すたびに怒りがよみがえってきた。その怒りもやっと薄れた頃、もうひとつの事故が起きた。これも通勤途中の首都高3号線である。3号線は東名高速からつながっているので、スピードを出したまま多くのクルマが入ってくる。ところが、池尻の手前あたりで渋滞が始まる。だから、その最後尾につくクルマは後続車から追突されないようにハザードをたくのだ。

 その日、僕はハザードを点滅させながらブレーキを踏み、渋滞の最後尾についた。そう、いつものように。ところが、いつもと違ったのは、後ろのクルマが止まらず、突っ込んできたことだった。今度は20代前半の男性である。

 ところが、彼もクルマから出てこない。そればかりか、目も合わせようとしない。いったい日本はどーなってんだ!と僕は思った。交通事故を起こしたときは、下手に謝ったりしたら不利になるとでも刷り込まれているのだろうか。ならば保険会社に丸ごと任せてしまったほうがいいと。だから、クルマから降りず、目さえ合わせないのか。でも、それは違うんじゃないか!

 3つ目の事故は、僕が加害者である。その日、僕は下の娘と一緒に帰る約束をしていた。富ヶ谷の近くで娘を乗せ、首都高4号線に乗った。高井戸で降りて、環八で帰るコースである。

 高井戸で4号線を降りてから環八に入るのは、複合型で変則的な交差点である。対向から右折で入ってくるクルマの車間を読みつつ、こちら側は左折で合流してゆく。合流待ちをしている前のクルマが動いたので、僕は右からの流れを読みつつ、アクセルに足をのせた。すると、コツンと何かに当たった。すでに走り去ったと思っていた前のクルマが、まだその場にいたのだ。営業用のバンだった。

 僕はすぐにクルマを降りて駆け寄った。「申し訳ございません」と謝ると、ドライバーは30代後半の男性で、「いや、オレも中途半端だったから」と言う。これは発進した後すぐに合流をあきらめてブレーキを踏んだことを言っているのだが、それはともあれ、僕の前方不注意には違いない。前のクルマはバンパーが少し凹んでいた。

 僕は自分の名刺を渡した。先方も名刺をくれる。見れば、あるコンビニの本部に勤める人のようで、これから店舗を回ると言う。急いでいるみたいだし、修理費用もさほど高くはなさそうだったから、保険は使わないことにした。まず先方に修理に出してもらい、その請求書を送ってもらったら、全額、僕がお支払いしますと伝えた。信用してくれたようで、彼はそれでいいと言ってくれた。

 しばらくして、封書が届いた。請求書だと思って中を見ると、手紙と写真2枚が入っていた。写真は、凹んだバンパーの修理前と修理後。そして手紙には「これは自分でできて、費用は数百円だったので、けっこうです」と書かれていた。

 僕はちょっと感動していた。すぐにお礼の手紙と果物を送った。前の2つの事故がああいう結果だっただけに、今度は僕の不注意とはいえ、正直救われたような気持ちだったのである。

 自動車保険は確かに便利だ。万がいち大きな事故を起こしてしまったときに、とうてい自分では払い切れないような莫大な費用も、保険に入っていればお金の心配だけはしないで済むかもしれない。しかし、金さえ払えばそれでいいという話でもない。

 これは交通事故という特別なケースに限った話ではなく、今や僕たちの至るところで手取り足取りのサービスがあふれている。面倒なことは自分でやらなくても、お金を払えば誰かが代わりにしてくれる世の中だ。

 でも、それは人間のためを思ったシステムかといえば、もちろんそういうものがないとは言わないが、長い目で見たら人間にマイナスになろうとも、とりあえず企業が目先の利潤を追求するために構築したもののように、僕には思えてならない。

 一見それは面倒で、気が重くなるようなことでも、自分で向き合ってこそ自分の人生である。

2010年10月15日